物理教育に関する国際会議での発表
要約 物理教育に関する国際会議での発表
目次
- 1986.8 物理教育国際会議 東京,上智大学
- 1989.6 米国物理教育学会(AAPT) 米国,カリフォルニア 工業大学
- 1990.8 日中物理教育セミナー 中国,南京,東南大学
- 1992.8 日本ハンガリー物理教師会議 ハンガリー,ヤスベレーニュ
- 1996.8 米国物理教育学会(AAPT) 米国,メリーランド大学
- 2001.8 物理教育国際会議(ICPEC) 韓国,清州市, 国立教育大学
- 2002.8 物理教育国際会議(GIREP2002)スエーデン,ルンド大学
- 2004.7 物理教育国際会議(girep2004)チェコ,オストラバ 工業大学
Memo
- InternationalConference on Trends in Physics Education1986
- "Invited Stion on High School Teaters Personal LowCost Lecture Demonstrations"(American Associasion of Physics Teateers(AAPT)SummerMeeting 1996)
- CHINA-JAPAN SYMPOSIUM ON PHYSICS EDUCATION
- IKIIKI WAKUWAKU JAPANESE-HUNGARIAN PHYSICS TEACHER MEETING Department of Eotvös University
- Invited Session on The Stray Cats Return:The Stray Cats Return:More Exiting Demos from Japan(American Associasion of Physics Teachers(AAPT)Summer Meeting 1996)
- 2001"Stray Cats Livery and Exiting Experiments"-Creating 1. New Trend of Science Education-(2001 International Conferrence on Physics Edication in Cultural Context(ICPEC))
- GIREP2002 Stray Cats Lively and exciting demonstrations(GIREP 2002 Conference 2002)
- 2004"Stray Cats Livery and Exiting Physics Demonstrations"(GIREP 2004 Conferrence 2004)
国際会議での発表の切っ掛け
物理は面白くない、わからないと嫌われていた。子ども足りの声にちゃんと答えたい。何とか楽しく学べるようにしたい。
この思いを出発点にして理科教材研究し始めたのは教員に採用されて間もないころのことです。
分からないままではあるが授業の教材研究をし、
授業を行った後では新しい仲間の教員とどんな教材を使うとどんな反応があるか話し合いました。
授業を受けたときの生徒の気持ちを大切にしました。
ちょっとでも反応のよい教材はお互いにまねをしてよりましな授業になるように挑戦を続けてきました。
仲間も増えてサークルも物理、化学、生物と科目別のサークルに分かれて研究するようになりました。
この中で愛知物理サークルも生まれたのです。理科全体の中でも投げ込み教材運動取り組んできました。
その後自分たちの成果を広める中で決定的な契機となったのは『いきいき物理わくわく実験』を出版したことです。
何度も編集会議を重ねみんなが納得する教材を選びました。
素晴らしいのは教材ごとにイラストを見れば実験をまねできるようにしたことだと思います。
読者として予想もしていなかった多くの子どもたちも買ってくれました。
この書籍を出版をできたことで当時上智大学の笠 耐先生が上記1の東京で行われた物理教育に関する国際会議での発表するよう誘ってくれました。
著者の中から三井、飯田、川勝、小川、長野、石川の6名が参加しました。
日本語の分からない国際会議の参加者にも物理教育を考えてる人たちにはイラストだけで私たちが何を訴え、
何を大切にしているかが伝わったのだと思います。
高校の教員が初めて集団で国際会議の発表
次には1989年6月のAmerican Association of Physics Teachers(AAPT)から招待を受けました。
アメリカの大学はそのときには夏休みに入っているのです。
この会議に参加したいことを申し出ると教育委員会も前例のない申し出に人事委員会規則の変更までして参加させてもらえるようになりました。
参加者のそれぞれの学校でも授業の時間割を変更して送り出してもらえるようになりました。
英語のあまり得意でない教員が実験道具を持ち込み仲間が協力し合って集団で行う発表はアメリカの先生方もさぞびっくりされたことだと思います。
参加者に書いてもらった感想にも私たちの発表は好評だったことが分かります。
英語が分からないことで会議の主催者には大変な迷惑もかけてしまいました。
私だけが背広を着ていたので会議の後で代表として陳謝しました。
私たちの参加によりその後の物理教育に関する国際会議も日本の夏休みに配慮し参加しやすい日程になったり、
実験道具を持ち込む発表が増え、会議の内容にも影響を与えました。
1992年
1996年
2001年
2002年
2004年
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