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八木沢でバスを降り、清津川にかかっている大きな橋を渡ると、そこが最奥の大島部落で、いよい
よこれから先は新雪となるため、ここでスキーにシールを張り、一休みをした。この先のバス道は大き
く迂回しているので部落の一番上にある家の前を通りぬけて、直接急な山腹を登りバス道に出た。
新雪とはいってもバス道は、ラッセルもなく、暖かく感じるほどの冬の日差しを背に受けて快適な足
並みであったが、外の川小屋を過ぎカッサ尾根の急な登りにかかったころ、夜行の疲れが出たので
休息をとった。
この辺はスキーゲレンデになりうるような斜面がいたるところにあるので、バスの利用で余った時間
を、のんびりと滑降など楽しんだ後、たそがれ迫るころ、和田小屋に着いた。
小屋には、管理人と地元のスキーパトロールの青年が二人いただけであり、夕食後囲炉裏を囲み
きのうとはうって変わり、天気は荒れ模様であったが、予定どおり和田小屋を出発。
これではとても苗場山は登れないので、神楽ケ峯の頂上で風下側に雪洞を掘り天候の回復を待
った。 時間もまだ早く少しでも風が凪いだらただちに出発するつもりでいたが午後3時になっても
風雪は衰えず、このままビバークすることにした。
ところが9時半ごろになって、キジ打ちに出た前園が天候の回復を察知したのでただちに出発。
昨夜のおそまつな雪洞の居住性にもこりたので、時間をかけて充分なスペースの雪洞を彫る。
連日のビバークはさすがに辛く、足が冷えて寝られないままに、長い夜を過ごす。
応急修理したスキーを履き、凍りついた野反湖上を渡り、バス道を花敷温泉へ下って長野原に出た。
これは厳冬期において、この2000bの山々がわれわれの予想以上に苛酷な山稜と化していたこ
とが主な原因であり、とくに地形と気象条件を甘く見た計画のミスを深く反省させられた。
(タイム)越後湯沢 8:10 大島部落 9:50 〜 10:00 カッサ尾根 13:30 〜 16:00 和田小屋 17:00
2月18日(風雪)
夏道はここからしばらく祓川に沿っているが、われわれは小屋のすぐ裏から尾根を登ることにした。
ラッセルはスキーを履いてヒザのあたりまであるが軽い粉雪で、さして苦にはならなかった。
だが、ブナやモミの間を縫って 広い尾根を忠実に登るのはなかなか骨が折れた。
期待していた下の芝、中の芝、上の芝などの自然の庭の眺望も、あいにくの天候でみられず、
何の変化もない単調な登りにすっかり参った。
(タイム)和田小屋 6:50 稜線 10:45 神楽が峯 11:05
2月19日(吹雪後晴)
朝から吹雪で視界がきかず、今日はこの狭い雪洞の中に一日中閉じ込められるかと思うと、先を
急ぐわれわれの心中は穏やかでなかった。
見る間に視界を閉ざしていたガスは消え去り、苗場山が目の前に堂々と横たわっていた。
コルの辺は硫黄川方向より強い風が吹き抜けていて、雪は完全にウィンドクラストし、スキー技術の
未熟なわれわれは何度も尻モチをつきながら最低コルに降りた。
このテラス上部30bは50度の傾斜となり、慎重に補助ザイルを使用して登り、それ以降は広く緩く
なっているリッジの右側をたどった。
この登りは縦走のキーポイントとなる箇所で、雪の状態が悪いと雪崩れそうなところである。
幸い雪は落ち着き、難なく頂上に達した。このころには空はすっかり晴れ上がり、360度の展望を
ほしいままにし、再びスキーになり、前方に果てしなく広がる雪原に向かう。
頂上から南に延びる斜面は、手ごろな滑降が楽しめるだろうと想像していたが、斜面が緩すぎて、
シールの張ってあるスキーは全く滑らなかった。
目指す志賀高原の横手山は、はるか彼方にあって一段と高く冬の日を浴びて輝き、あたかもわれ
われの到来を待っているかのようであった。
降りるにしたがい雪原は樹氷帯となり、変化のある美しい眺めに、思わず歓声をあげた。
心配された赤倉山に続く尾根は、この好天にわけなく見つけることができ、尾根の最低部でビバー
クとし雪洞を掘ったが森林帯で積雪量約2b、充分なものはできなかった。夜は雪が降り出した。
(タイム)神楽が峯 10:00 苗場山とのコル 11:00 〜 11:30 苗場山 14:00 〜 14:35 ビバーク地 17:10
雪が静かに降る中を赤倉山に向かう。森林帯のラッセルはかなり深かったが、キックターンを繰り
返しているうちに頂上にたどり着く。小雪ではあるが視界がきかないために、ナナツ山に続く稜線が
見つからず頂上で3時間ほどウロウロする。
そのうちに天候も回復し、下降路もすぐ見つかり、シュカブラに悩まされながらナナツ山の頂上へ
出た。 ここから佐武流山に続く稜線は、風下となる越後側は雪庇が張り出し傾斜も強く、雪崩の危
険が認められたためやむなく、信州側のすごいブッシュの中を下降。帽子を飛ばされたり、ストックを
木の枝にとられたりの悪戦苦闘で、思わぬ時間をくってしまい、このため予定した差武流山を目前に
しながらやむをえず今日もコルでビバークすることにした。
この辺は、やはり無雪期に偵察しておきたいところであった。
積雪4b。入山以来4日過ぎたが、行動が予定よりだいぶ遅れているので最悪の場合を考え
今夜から食糧を制限することにした。
(タイム)出発 6:50 赤倉山 8:50 〜 12:00 ナナツ山 14:00 ビバーク地 17:00
雪洞から飛び出すと雲ひとつない上天気で、周囲の山々がモルゲン・ロートに輝いていた。
そこで途中から小さな枝尾根に取りついて再び稜線に出て、標高2191bの佐武流山に立つ。
余りの美しさにビバークの疲れも忘れ、佐武流山の登りにかかる。きのうに引き続き信州川は
ブッシュ帯である。ところがきょうは登りとなったため苦しさに耐えられず、清津川の源頭の沢に
降った。しかしこれは雪崩の危険ももちろんだか、重い湿雪のラッセルにアゴを出してしまい、
結果的には悪く、やはり風上となる信州側のブッシュ帯を登るべきであった。
周囲をさえぎるものもなくおととい越えてきた苗場山も、これから行こうとする白砂山も手にとる
ように見えた。ここからの下降ではスキーがその本領を発揮しておおいにピッチはあがるが、
南斜面であるためベタ雪がシールにはりつき、おせじにも快適とはいえなかった。
赤土居山の手前で南に延びる尾根にあやうく入りかかったが、快晴にめぐまれていたので
事なきをえた。
赤土居山と沖ノ西沢の頭は頂上を踏まずに、渋沢側をトラバースし、両ピークの中間にある
ナイフリッジを避けた。
その間、沢を二、三度横切ったが、午後で気温も上がっていたため、雪崩れには充分注意
し、一人ずつ渡った。
きょうもまた、太陽が西の山に沈んだころ、例により白砂山とのコルに降り積雪4bほどのところ
で雪洞ビバークした。
(タイム)出発 6:30 清津川源頭の沢 8:15 〜 8:40 赤土居山直下 14:50 ビバーク地 17:00
きのうに引き続き、きょうもも絶好の天気だ。しかし食糧や燃料を使い果たしたいま、われわれは
もう志賀高原まで縦走の計画を断念しなければならなかった。そしてきょうこそはどうしても野反湖
まで行こうとおおいにファイトをもって出発。白砂山直下までは緩やかな稜線を快適に登ったが、
最後は渋沢側の喬木をからんで頂上に立つ。頂上からの眺めはきのうの佐武流山と大差はないが
何度見ても飽きない。
長い休憩をとった後、上州側に3bほど張り出した雪庇に注意し、急な山稜をコルに向かって滑り
降りた。コルから見上げる白砂山は、文字どおり純白に輝き、優雅な山容は心にくいほど美しかった
相変わらず信州側はブッシュが多いので堂岩山(五万分の一の地形図の八十三山の位置、実際
八十三山はこの北の2121bのピーク)と白砂山との間にある細長い山稜は上州側を巻きながら
堂岩山に登った。
この辺は強風に吹き飛ばされたのか、以外に雪は少なく、ところどころに岩が
露出している。堂岩山の下降はしばらく稜線を下ったが、尾根の地形が複雑なので、途中から
タカツボ沢に下降した。沢は完全に雪で埋まり、すばらしい滑降ができるのであるが、残念ながら
われわれのスキーは分解寸前で、その醍醐味を味わうことはできなかった。
ハンノキ沢の取入口より尾根に出ると、雪に覆われた野反湖が、夕日に赤く染められて目の前に
広がり、それはわれわれの縦走のフィナーレにふさわしい雄大な光景であった。
バス道をゆっくりとスキーを滑らせながら東電宿舎にたどり着いた。ゲレンデ用スキー靴を使用した
亀田と石川が軽い凍傷にかかった程度で、全員無事であったことを何よりも喜びあい、この夜は
東電の方の好意により、おいしい夕食と、暖かいフトンに寝ることができた。
(タイム)出発 6:30 白砂山 9:40 〜 10:10 堂岩山 12:45 〜 13:10 ハンノキ沢取入口 13:30 東電宿舎 17:10
これまで、その鉾先のほとんどを岩壁に向けてきたわれわれの会にあって、今回の縦走は異色とも
いえる試みであったが、志賀高原までの縦走計画は失敗に終わった。
今後この地域の冬期登山をする時はこの点を十分に注意すべきであろう。
なお、この縦走ではスキー技術はさして問題ではなく、強い体力とルートファインディングが
必要だと思われた。
(横田 明信・記)
