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慰安所は合法的だったのか?

強制連行はあったか?

確認されている強制連行の例は?

軍の方針としての強制連行は?

朝鮮半島での強制連行は?

慰安婦の生活はどうだったか?

慰安婦はどの軍隊にもあったのか?

慰安婦議論と証拠

御意見のあるかたは に是非どうぞ。不十分な点を直して行きたいと思います。

慰安所は合法的だったか?

戦前の日本では、売春は公然と認められていた。戦地でも売春業者が軍隊を 相手に商売をしただけではないのか?と云う人がいます。 しかし、いくら 戦前でも売春やり放題ではありませんでした。これはかなり誤解 されています。

 「貸座敷、引手茶屋、娼妓取締規則」と云う法規制があり、「強制」とか「 虐待」とかが伴う売春は法律違反だったのです。売春が本人の自由意志 によることを確認するために、まず、本人が自ら警察に出頭して娼妓名簿に 登録することが必要でした。また娼妓をやめたいと本人が思うときは、口頭 または書面で申し出ることを「何人といえども妨害をなすことを得ず」 とされていました。営業はどこでおこなっても良いものではなく「貸座敷」 と認定された特定の建物の中だけで許されたのです。だましたり、強制 したりして売春婦を集めることを防ぐために「芸娼妓口入業者取締規則」で 売春婦のリクルートを規制していました。 日本も婦女売買を禁止する国際条約(1910)や児童の売買を禁止する 国際条約(1925)に加盟しており、売春を目的とした身売りは、「本 人の承諾を得た場合でも」処罰しなければならなかったのです。もちろん いつの世にも法の裏街道を行く無法者はいるわけですが、大日本帝国では 軍が税金を使って無法者と同じ事をしていたのです。

 慰安婦の登録もなかったし、慰安婦の自由意志の確認などされた形跡は まったくありませんから、軍の慰安所は売春規則を守っていません。 国内法的には完全な違法行為である慰安所が作られたのは法律を上回る「軍 の力」によるものです。占領地では軍の司令官がすべての法権限を持って いましたから、国内法を無視することも出来たのです。 戦地での強姦事件があとをたたず、「皇軍の威信低下」が危ぶまれたので 慰安所はこれを防ぐ目的で作ったそうです。 (万引きを繰り返す子どもの親が、小遣いを増やす 事でこれに対応したようなものです。)設置のされかたは業者が部隊に取り 入ったりする場合もあったし、軍が設営して慰安婦を徴募した場合 もありますが、部隊長名で利用規定や料金を定め、軍医や憲兵を配置して 実効支配していますから軍の組織の一部であったことに間違いはありま せん。慰安所の普及は隅々にまで及び、全ての部隊に慰安所があったと云って いいほどで慰安婦にされた人の数も20万人に達したと言われています。

強制連行はあったか?

 慰安婦の徴募について強制連行はなかったと主張する人がいます。 娼妓取締規則に基づいた自由意志の確認でもやっておればはっきりした根拠 があるのですが、この主張には根拠がありません。「私が強制連行をやった」 と云う内容の本が出版されたことがあり、その本の証言があやふやであったことが 話題になりましたが、もちろんこれは強制連行が「無かった」と云う根拠にはなりません。

 慰安婦の徴募はいろいろな手段で行われました。日本の国内で行われたと同 じ様な「身売り」もあり、なるべく穏便な手段で集めるのがやはり基本 ではあったでしょうが、「○月×日までに慰安婦××名送れ」などという軍 の電文(例えば台電935号)も残っているように、軍の命令系統を通じた 指令です。徴集現場も、員数あわせには手段を選 んでおれなかったでしょう。強姦事件で軍規の乱れを防ぐためと理由づけた のですから、十分な数の慰安婦を確保することも軍事作戦の一部だったのです。

 最も確実な証拠のある軍による強制連行の例はインドネシアで起こった 「白馬事件」とよばれている事件です。白馬というのは当時の隠語で「白人女性に乗る」 ことを意味していたみたいです。インドネシアには数カ所に白人女性を使った慰安所が あり、総計65名のオランダ人被害者の事例が記録されていますが、特に有名なのが19 44年2月新設のスマラン慰安所の事例です。

これは南方軍管轄の第一六軍幹部候補生隊が17才以上のオランダ人女性をスマラン慰安 所に連行して、少なくとも35名に売春を強制した事件で、まぎれもない軍による強制と言 えます。オランダ抑留民団が必死の抵抗を示し、陸軍省から捕虜調査に来た、小田島薫 大佐への直訴に及んで、軍中央も知らないでは済まされないことになりました。オランダへ はすでに様々なルートで事態が知らされており、国際世論の反発を招くことが必至の状況で したので、軍はやむなく2カ月後にこの慰安所を閉鎖する処置をとりました。 小田島大佐は陸軍省の捕虜管理部であり、これらの女性は慰安所に送られる前から収容所 に入れられていたので、捕虜虐待問題として扱われましたが、戦闘員でもない17才の女 の子を捕虜というわけにもいかないでしょう。これは、どう見ても住民虐待つまり 慰安婦事件そのものです。

 こうした日本側の処置などが、記録に残ってしまったことと、被害者が白人 だったので、連合国の追求がきびしく、関係者が戦犯に問われて裁判記録が 残ってしまったことが今では決定的な証拠になっています。慰安婦に関して は資料が乏しく、「証拠がない」との居直りを許すもとになっているのですが この事件はその意味で大変重要な完璧な証拠を備えた事例だと言えます。 インドネシアでのオランダ人 慰安婦についてはオランダ政府の調査報告書が出ており、 白人慰安婦は総数200から300人と推定されています。報告書では 「自発的」な慰安婦の存在も認めていますが、それはごくわずかです。

軍の方針としての慰安婦の強制

この事件の重要な点は、「強制連行」の事実が陸軍省まで伝わったにもか かわらず、慰安婦の幽閉処置を解除しただけで、軍としては何等処分を行わ なかったことです。 日本軍内ではだれも軍法会議にかけられていません。 陸軍刑法では「戦地又ハ帝国軍ノ占領地ニ於テ婦女ヲ強姦シタル者ハ無期又ハ 一年以上ノ懲役ニ処ス。」とあり、慰安婦の強制連行・集団強姦は、もちろん 日本軍の軍規に照らしても大きな罪だったわけですが、 まったく処分の対象としなかった所に、慰安婦の強制連行に対する軍の考 え方が示されています。 軍は強制連行した部隊・軍人を軍律違反とは認定しなかったのです。 強制連行を行ったのは方面軍直属の士官候補生隊であり、 逃亡兵でも敗残兵でもない、れっきとしたエリート部隊の組織的行動です。  連合軍のバタビア裁判では、この件で人道上の罪として、死刑1名を 含む11名の有罪が宣告されています。組織的犯罪に対する裁判ですから 命令されて強制連行に加わっただけの兵士は罪を問われていません。 「個人的逸脱行為」は通用しないでしょう。 「希望者だけに限れ」という司令部 の命令が十分伝わらなかったせいで、軍に責任はないというのも苦 しいいいのがれです。司令部が「希望者に限れ」と命令していたにもかかわらず、 その命令に従わなかったのが事実ならば「抗命罪」でさらに重い罪に問われるはずです。 しかし、軍はいっさい処分を行わず、この事件に関する軍法会議は無かったのです。

関係者を処分しなかったのは第16軍司令部あるいは南方総軍司令部の判断 ですが、第16軍だけが特殊な判断基準を持っていたという根拠 はありません。日本軍では慰安婦の強制連行を罪悪とする考えが無かったのです。 女性や土人(現地人)を蔑視し、命を捨てる覚悟の皇軍は何をしても許されれと 思い上がり、略奪をなんとも思わぬ教育がなされていました。 戦争中、女性を虐待して慰安婦にした罪で処罰された人はいません。 これは、そのような事をした人がいなかったのではなく、白馬事件の 例で見るように、いても処罰されなかったのです。

この事件に限らず、日本軍が実際に、事件は頻発していたにもかかわらず、 強姦や住民虐待で処分した実例は非常に少ないのです。罰則はあっても実際上は、 お咎めなしだったと言えます。 強制連行・集団強姦は、組織的意図的に黙認されていたのです。 軍人や軍に雇われたならずものが強制する売春があちこちで黙認され、 オランダ抑留民団 のようなバックをもたないアジア人はみな泣き寝入 りしていた。それが慰安婦問題の実態です。一度は閉鎖されたスマラン 慰安所も白人ではない慰安婦を使って後に再開されています。再開後の 慰安婦徴募についてはバタビア軍事裁判でもとりあげられませんでした。

慰安婦の証言はもちろん重要ですが、それににたよらずとも、 極東軍事裁判関係文書の中からモア島で5人の現地女性を兵営改造の慰安所 に強制連行した中尉の尋問記録(検察文書5591号)が見つけられているなど、 確実な軍の強制連行の例は他にもあります。中国での裁判でも 117師団長 鈴木啓久中将が慰安婦の誘拐を行ったという 筆供述書を提出しています。

朝鮮半島での強制連行

 「強制連行」という言葉のイメージからは、軍人が銃剣を突きつけて 無理矢理連行するといった白馬事件のような情景が思い浮かびますが、 朝鮮半島では憲兵警察制度があって、軍が自由に警察や行政を動かせたので 、軍が直接表に出る必要は少なかったでしょう。やり方が巧妙悪質 になっただけで本質的には同じことです。

 慰安婦を強制的に集めるためには、「看護婦にする」とか「工場で働かす」 とかで遠くへ連れだし、慰安所で強姦してしまうことも行われました。日本 に反抗した親をとらえて、親を助けたければ慰安婦になれとせまった ケースもありました。憲兵や警察が、女性を拘束して、列車に乗 せてしまうと云う例もあります。村長や自治会長等を通じた徴集の割り当て 等も行われたようですが、慰安婦の証言でも、日本に協力した朝鮮人の行動 などについては、なかなかはっきりしない点があります。

 慰安婦の徴集のやり方について、間に朝鮮人が介在したことが多かったの で、そのような場合は、軍の責任ではないとする意見もありますが、それなら 慰安所に到着した時点で娼妓取締規則にあるように本人の自由意志 であることを確認し、強制されたり騙されて来た者は、家に帰 すべきです。しかし、そのような事を行った形跡はありません。 直接命じてやらせたにしろ、黙認したにしろ、軍の責任で行われたこと に違いはありません。

日本は男性朝鮮人・中国人を多数強制連行して鉱山やダム建設現場で 酷使したことがはっきりしており、しかも軍規は強姦・略奪に甘かったとな れば、よほどはっきりした無罪証拠を発見しないかぎり、韓国で露骨な 強制連行が信じられても当然だと思います。「証拠がなければ 強制連行があったとは言えない」は日本側の勝手な理屈でしかないでしょう。

 朝鮮での慰安婦徴集の違法性で議論の余地がないのは、未成年者を徴集 したことです。現在日本で裁判をおこしている9名の元慰安婦達は全員が 21歳未満であり、この場合、国際条約によれば、本人が了承したとしても 慰安婦とする事は処罰の対象としなければならないはずです。もちろん、この 人達は強制をうけて慰安婦になったと詳細な証言をしています。

慰安婦の生活はどう悲惨だったのか?

女性が不特定多数を相手に、性奴隷としての生活を強いられることは 屈辱であり、悲惨このうえないことは自明ですが、連合軍による尋問資料 の一部を取り出して、安楽な生活であったと主張する人がいます。 兵士から見ればかなりの大金を払ったたという記憶もありますが、 業者や軍にピンハネされ、手元に残る収入も、多く前払いの借金の 支払いに消えます。お金はまったく受け取っていないと証言している 慰安婦も多くいます。支払いは軍の勝手に発行する紙幣「軍票」でした から、終戦と同時にただの紙屑になりました。
慰安婦は将校用、下士官用、 兵用にわけられ、将校用には内地から来た日本人のプロがあたり、 アジア人は兵用として、ひどい場合にには、わらむしろで囲っただけ の「部屋」の前に、兵隊が並んで順番を待つ「公衆便所」 状態でした。休む間もなく次々に何人もの「処理」をさせられる 代償として軍が勝手に決めた定額料金を受け取るのです。連隊長の許可 を得なくては外出もできない監禁状態の場合もあり、衛生状態も 悪く、前線近くまで連れていかれた人では、終戦まで命があった人は 多くなかったかもしれません。
「安楽な生活」に引用されるミッチナ文書でも 朝鮮人、中国人の慰安婦は未経験者が大半で、未成年者も多かったと 言う違法性が読みとれます。戦後も悪夢のトラウマに悩まされ、過去を 隠してひっそりと生きて行かねばなりませんでした。現在名乗り出て いるのはごく一部で、親類縁者の無い人がほとんどです。

慰安婦はどの軍隊にもあったのか?

 残虐な戦争に売春や強姦行為はつきものと云われますが、日本軍には異常な密度 でそれがおこり、慰安所を制度的に持つ様になりました。軍人は買春があたり まえとする考え方の異常性には軍の内部にすらも 批判はあって、陸軍病院の早尾軍医中尉は論文で「軍当局ハ軍人ノ性欲ハ抑 エル事ハ不可能ダトシテ支那婦人ヲ強姦セヌヨウ慰安所ヲ設ケタ、然シ、 強姦ハ甚ダ旺ンニ行ハレテ支那良民ハ日本軍人ヲ見レバ必ズコレヲ恐レ」 と指摘しています。現代の軍隊はどこも慰安所を 持っていませんし、当時もイギリス軍やアメリカ軍 には軍の慰安所はありませんでした 。ドイツ軍には小規模な慰安所があったそうで すが、強姦事件多発のためではなくもっぱら性病の管理のためでした。 戦後、占領軍が日本で慰安婦を要求したと云うまことしやかな噂 が 流れたこともありますが事実ではありません。 近代軍隊でほぼ全軍にわたる規模でこのような事をしたのは大日本帝国だけの様です。
 戦場の緊張を長期に渡って続けるには無理があります。通常の軍隊は帰休 制度を持ち、ローテーションを組んで戦うのですが、日本の兵士は消耗品 扱いで、一度出征すれば死ぬまで戦わされたのです。兵站・補給を考えぬ無理な 戦線の拡大は、兵士に略奪を日常とする生活を強いました。倫理観が荒廃し、 強姦事件が起こるのもあたりまえでしょう。慰安所を作らないと強姦が 多発すると発想しなければまらない戦争と云うものが、そもそもの国策の 誤りだったのです。

慰安婦議論と証拠

慰安婦問題全体から言えば、強制連行の事は一部の問題です。最初は否 定意見もあった慰安所の存在はもはや確定したし、政府や軍の関与もは っきりした。未成年の少女を騙して慰安婦にした非道性も否定する人は 少ない。軍人が直接脅して慰安婦にした例も占領地では確認された。ここまでくれば個々の慰安婦の証言に裏付け証拠を要求してみても、 いちゃもんに過ぎず、歴史事実としての認識には決着が付いたと思いま す。
それでも、朝鮮半島での強制連行に直接証拠がないかぎり強制は無かった ことになるなどと言い張る人がいます。証拠がなければ「なし」になる のが論理だと言うのです。このような人たちは政治的意図から物事を論議 しているために、歴史事実の認定が裁判の有罪無罪にすりかわってしまって いるのです。
裁判は「多くの真犯人を取り逃がすほうが、1つの冤罪をつくるよりましだ」 の原理に基づいて「証拠がないかぎり無罪」とする片寄った判断をします。 歴史事実の認定はどちらが合理的に事実と思われるかを公平に判断します。 歴史ではどのような事実も決定的な証拠が無いのが普通ですから、傍証を 固めていって定説をつくりあげて行くのです。
日本軍は自由に証拠の隠滅が出来たし、慰安婦はその境遇から、記録を残 せる立場になかった。決して自慢にならない忘れてしまいたい過去に関 しては証言だって簡単には得られない。やっと重い口が開いたのは50年も たってからだった。こういった条件を抜きに議論すれば、 終戦時に日本が行った記録の大量抹殺がまんまと成功することになります。 慰安婦問題に限らず、朝鮮総督府関係の資料は徹底的な抹殺が行われています。 記録が存在しないだけでなく、意図的な焼却が行われたこともはっきりして います。歴史の風化を許さず、全体的な目で起こった事実を見つめて行く事が 大切なのではないでしょうか。

<参考文献・このページをまとめるために読みました>

「従軍慰安婦資料集」(吉見義明、大月書店、1992年)
「従軍慰安婦をめぐる30のウソと真実」(吉見義明・川田文子、大月書店、1997年)
「脱ゴーマニズム宣言」(上杉聡、東方出版、1997年)
「教科書問題を考える県南の集い」パンフ、茨城県歴教協、1997年)
「慰安所」男のホンネ (高崎隆治、梨の木舎、1996年)
「赤紙兵隊記」(いまいげんじ、径書房、1987年)
「海軍特別警察隊」(禾 晴道、太平出版社、1975年)
「従軍慰安所海の家の伝言」(華 公平、日本機関紙出版センター、1992年)
「ビルマ戦線盾師団の慰安婦だった私」(文玉珠・森川万智子、梨の木舎、1996年)
「ジャワで抑留されたオランダ人女性の記録」(ネル・ファン・デ・グラ−フ、梨の木舎、1996年)
「共同研究 日本軍慰安婦」(吉見・林、大月書店、1995年)
「オランダ人慰安婦事件の経緯と背景」(朝日新聞8月30日、1992年)

「半月城通信」
(半月城、wwwページ)
「慰安婦は商行為か?」(上杉聡、wwwページ)
 Korean Council for Woman Drafted for Military Sexual Slavery by Japan: 慰安婦の証言集(英語)


イラク関係

カトリック学友会『創造』118号(2002年6月)所収

                                     (21〜29ページ)

 

そのとき教会は?

         同時多発テロ後の各国の教会の動き

                                                        小柳義夫

 

 二〇〇一年九月一一日朝の同時多発テロと、その後のアフガニスタン攻撃について、各国のカトリック教会などの反応を、時間を追って見て行きたい。多くの情報はインターネットを経由してウェブから得たものである。なお、VIS (Vatican Information Service, http://www.vatican.va)は教皇庁の公式の情報サービス、CNS (Catholic News Service, http://www.catholicnews.com)はアメリカ合衆国司教団のニュースサービス、ZENIT (http://www.zenit.org)はイタリアのカトリック系通信社である。これらのほとんどは二次資料なので、ニュアンスについては編集者の意図的な操作がないとは言えず、教会の動きを、どこまで客観的に追跡できたかは自信がない。

 この問題について教会も決して一枚岩ではなく、様々な見解が見られる。一つの方向性は「平和主義」と言われる考え方で、自衛権は否定しないまでも、戦争行為は問題を解決しないし、かえって問題を悪化させるという観点から、戦争を批判する立場である(自衛権も否定する絶対平和主義という立場もある)。平和主義については、テロをどう防ぐかについての方法論がなく、テロによる不正義を放置するのかという批判がある。逆の立場は、市民の被害をくい止めるために戦争も許されるとする考え方で、伝統的な正戦論が援用されることもある。これについては、福音の教えとの整合性はもちろん、現実には多くの非戦闘員に被害が及び、難民が続出し、憎悪が拡大しているという問題が指摘される。正戦論でも、条件をどの程度厳しく当てはめるかによって、ニュアンスが異なる。

 

一 直後の動き

 このとき合衆国司教団行政委員会は会合中であったが、直ちに声明を発表し、「わたしたち人類社会に対してこれほどまでの大きな罪を犯そうと思うほどの憎しみを抱いてしまった人々のためにも、わたしたちは祈っています。どうか、彼らがこの結果としてこうした暴力は正義を生み出すことなく、より大きな不正義を生み出すだけだということを理解することができますように。」と述べた。(CNS 2001-9-11. 邦訳は中央協議会のページより)さらに、多くの司教も攻撃の犠牲者への祈りを呼びかけるとともに、テロや暴力の狂気が終わるよう神の慈しみを求めた。

 教皇はカステルガンドルフォに滞在中であったが、同日ブッシュ大統領宛に弔電を送るとともに、翌日水曜日のサンピエトロ広場での一般謁見において、一万五千人の巡礼者とともに祈り、「昨日は人類の歴史における暗黒の一日であり、人間の尊厳への恐ろしい攻撃であった。」と述べた。(ZENIT 2001-9-12)

 一二日、ニューヨークのイーガン枢機卿は聖パトリック大聖堂でのミサにおいて、「恐れるな。思慮深い神は、ニューヨーク市民がこの惨事を乗り越えて進めるように力を与えてくださる。」と説教した。(CNS 2001-9-12)

 日本カトリック司教協議会会長野村純一司教は、一三日、合衆国カトリック司教協議会に宛てて、哀悼の意を表すメッセージを送った。

 日本キリスト教協議会総幹事大津健一氏は、一二日ブッシュ大統領宛に声明を発表し、「テロに対する戦いは、軍事的報復によらない平和的手段によるものであり、そのことによって、米国の正義と平和への決断における倫理的優位を示す」よう求めた。一三日には、「国際間の緊張は、軍事的報復によらない平和的手段に依るべきであり、国内法を変えてまでアメリカに同調することのないよう」小泉首相に申し入れを行った。また、日本基督教団社会委員長は、「復讐するは我にあり」という神に信頼を置くよう短い見解を発表した(九月一九日)。

 米国聖公会グリスワルド総裁主教は一一日声明を発表し、大統領や多くの人が報復を口にしていることについて、「私は、憤怒や報復という感情を覚えないわけではありませんが、そのように彼らに立ち向かうことは、私が消滅と克服を祈り求める、暴力そのものを永続させることになるのを知っているのです。」「この事件に責任ある人々が発見され、その悪と人命軽視のゆえに処罰されるのは当然のことですが、この暴力の感情は私たちが別の行き方をするよう招くきっかけなのです。」と述べた。(http://nskk.org/

 

二 報復は是か?

 アメリカが軍事作戦に向かうと、カトリック関係からも様々な意見が述べられた。早くも一四日には、アメリカの倫理神学者J. B. Hehir神父から、(テロに対する)力の行使は、一定の条件の下に許される、というコメントが出ている。「まず、誰がやったか、今どこにいるのか、どんな有効な作戦が取れるのか、非戦闘員に害を加えることがないか、について確証がなければなりません。」しかし、「実力行使が許されるということは、それが解決の不可避の手段だということではありません。」と釘を刺している。(CNS 2001-9-14)

 同日、バチカン国務長官Sodano枢機卿は、農業関係の会議で演説し、西側諸国がこの攻撃に知恵と慎重さで対応するよう求めた。「政治家は目的を実現するためには慎重さを持たなければならない。最初のショックが過ぎ去った後は、諸国民の運命を委ねられている人々は、何が人類に善をもたらすかを熟慮しなければならない。」(ZENIT 2001-9-16)

 一六日(日)、イタリア中部を訪れた教皇は四万人を前に説教し、「アメリカ人が憎悪と暴力の誘惑に身を委ねることなく、正義と平和の奉仕に尽くす」よう呼びかけた。(ZENIT 2001-9-16)

 一七日、Roberto Tucci枢機卿はバチカン放送に次のように語った。「目下の大きな危険は、何が目標かを明確に定義できず、ムスリム原理主義者がその中にいるという理由だけで、全人口を攻撃しようという誘惑に陥ることである。」「合衆国が他の西側諸国とともに自国の安全を求め、このような犯罪を計画したものを捕らえようとすることは正しい。しかし、魔女狩りを始めてはならない。」(ZENIT 2001-9-17)

 バチカンの機関紙L'Osservatore Romanoは九月十八日付け社説で、「暴力と憎しみの誘惑に負けることなく、正義と平和の業を努めるように」との教皇ヨハネ・パウロ二世の勧めに注意を喚起した。同紙は、教皇が法の裁きに向かって国際社会を導ける真理の道を指し示したのだ、と述べている。「戦争について語ることはたやすい。しかしそれは苦しみと恐れを呼ぶことでもある」として、戦火を開くことは残虐な行為と邪悪な精神を巻きちらすことになると論じた。

 二〇日、ブレア首相がアメリカの対テロ戦争への支持を表明したが、ウェストミンスターのO'Connor枢機卿らは声明を発表し、「軍事行動は、他のすべての政治的外交的手段がなくなった場合の最後の手段である。テロへの戦争という概念は、衝突の激化と永続を招き、敵を増やす危険がある。」

 二一日、ミラノのMartini枢機卿は新聞のインタビューに答え、復讐心を諫めた。「現在のところアメリカは即時報復を行わず慎重に行動している。公開された証拠からはテロとオサマ・ビン・ラデンとの関係は明確でない。」「貧困を克服する努力なしには、テロの中心を破壊しても十分ではない。」

 同日、東方教会省の前長官のSilvestrini枢機卿もインタビューに答え、「テロの故にイスラムを責めてはならない。」と述べた。「イスラムはチュニジアからインドネシアまで様々な異なる人々を含んでいる。彼らとよい関係を保ち、穏健派を急進派に追いやってはならない。」(ZENIT 2001-9-21)

 

三 自衛と反撃

 合衆国司教協議会会長フィオレンツァ司教は、一九日付けでブッシュ大統領に書簡を送り、国内法国際法に基づいて、テロの責任者を捜索しその責任を明確にしようとする努力に対し支持を表明した。「今回のテロの特異な性格を考慮しなければならないが、いかなる軍事的反撃も、道徳原則、とくに正戦論の基準に合致したものでなければならない。その基準には、成功の可能性、非戦闘員の保護、および(守る価値と損害との)均衡性が含まれる。」さらに司教は大統領に、アメリカ人に人種的宗教的不寛容を排除するよう呼びかけることを要求した。「アラブ系アメリカ人や、ムスリムは敵ではない。彼らへの攻撃は我々すべてへの攻撃である。」(ZENIT 2001-9-21)

 同日、軍務大司教区のO'Brien大司教は従軍司祭に書簡を送り、「アメリカのテロへの反撃は、激情や復讐からではなく、短期的長期的な自衛という合理的な義務から来るものである。」と述べた。(CNS 2001-9-21)

 バチカンの新聞L'Osservatore Romanoは二一日付の一面の記事で、「軍事作戦が不可避と感じられる今、世界中の責任あるものたちの決定が賢明な思考に導かれなければならない。知恵に根を置き、血塗られた前世紀の悲劇を思い起こしつつ、連帯、正義、平和の思想が勝利を得る新世紀を歩み始めなければならない。」と軍事作戦の危険を警告した。(ZENIT 2001-9-21)

 カナダ教会協議会は、二一日付のクレティエン首相への書簡において、「合衆国はもっと慎重な行動をとるべきであって、復讐感情に屈服すべきでない。」と述べた。(CNS 2001-9-24)

 九月二二日、日本カトリック正義と平和協議会会長松浦悟郎司教は呼びかけ文を明らかにし、アメリカの「新しい戦争」と呼ばれる大規模な報復戦争は、更に犠牲者を増やし、新たなテロを生むことを指摘し、アメリカに追随する日本政府を批判した。

 アメリカのBraxton司教は、二二日の祈祷集会において、「神は我々の側にある。」というような主張は危険であると述べた。「必要なことは、我々が神の側にあろうと努力することである。」(CNS 2001-9-28)

 カザフスタンを訪問中の教皇に同行していたバチカン報道局のJ. Navarro-Valls師は二四日、「聖座としては非暴力的な対応を望むが、もしアメリカが将来の脅威から市民を守るために力を使うことを決定したとしても理解しうる。しかし、バチカンは無辜の人々が傷つくことも望まないし、宗教としてのイスラム教への戦争をも認めない。」とロイター通信社に述べた。「テロ犯罪に手を染めた人々が裁判を受けて投獄されるか、自衛の原理がそのあらゆる結果とともに適応されるかのいずれかである。」(ZENIT 2001-9-24, CNS 2001-9-24, VIS 2001-9-25)また同師は、二七日、アルメニアでのメキシコのテレビとの会見において、「バチカンはアメリカ政府が無差別な軍事行動を取ることについて、青信号を示しているわけではない。キリスト教倫理によれば、合法的な自衛には、均衡を考慮しなければならない。無辜の犠牲者の血が流されてはならない。」と述べた。(ZENIT 2001-9-27)

 二四日ワシントンで正戦論に関する専門家のパネル討論があり、三時間にわたって議論を交わした。何人かの専門家は、正戦を評価する成功とは何か、母国の安全か、オサマ・ビン・ラデンのアル・カーイダネットワークの破壊か、すべてのテロリスト・グループの除去か、と疑問を投げかけた。(CNS 2001-9-25)

 

四 アフガニスタン戦争へ

 一〇月一日、シノドス(代表司教会議)のためバチカンに滞在中のニューヨークのイーガン枢機卿は、九月一一日のテロについて「復讐、報復、鎮圧というようなことは文明人の言葉ではない。我々は、正義が実行され、犯罪の責任者が見出されることを望む。不正義の共犯者になることはできない。まず責任者も見つけだし、正義の精神で処罰しなければならない。国連か他の機関が正義を保証しなくてはならない。」と述べた。(ZENIT 2001-10-1)

 また、世界教会協議会(WCC)のコンラート・ライザー総幹事は一〇月二日国連事務総長に書簡を送り、「テロに対する答えは、同害報復であってはならない。それは暴力と恐怖の増大につながるだけだからである。絶え間のない不正義によって屈辱を与えられている人たちの叫びが、その人たちの権利の組織的な剥奪によって世界から無視されたり見過ごされたりしている限り、テロは克服されない。」と述べた。

 一〇月四日、日本カトリック司教協議会常任委員会は声明を発表し、軍事的報復は更に犠牲者を増やし、果てしない応酬の連鎖に引き込むことを指摘し、紛争は、忍耐と信頼にもとづく対話、人間の尊厳にもとづく国際法の遵守、国際機関の活用などの平和的手段によって解決されるべきである、と述べた。

 アメリカとイギリスの軍隊は、七日アフガニスタンに対し報復攻撃を始めた。これに対し、アメリカの四人の枢機卿は、別々の声明において、控えめな支持を表明した。ワシントンのMcCarrick枢機卿は、報復攻撃は必要な応答であるが、無辜の人のいのちを取り去ることなく、道徳の原則と人間の尊厳の道徳性に導かれるよう祈った。ボストンのLaw枢機卿は、「テロリストが共通善に及ぼした脅威を考えれば、戦争は理解できる。」と述べた。フィラデルフィアのBevilacqua枢機卿は、目的は復讐ではなく正義であることを確信していると述べた。デトロイトのMaida枢機卿は、「自由世界の人々にとって、軍事的な必要性は明らかである。」と述べた。(CNS 2001-10-8)

 日本カトリック司教団の正義と平和協議会は、一〇月八日付で声明を発表し、この攻撃によって多くの一般市民の命が危険にさらされ、多くの難民が生じていることから、攻撃の中止を求めた。また日本キリスト教協議会は、同日総主幹の名前で米大統領宛に軍事攻撃中止を呼びかけた(カトリック新聞一〇月二一日号)。

 イエズス会の隔月刊の機関誌La Civilta Cattolicaは論説において、テロリズムへの戦いは世界の連帯によるものでなければならないと述べた。「グローバル化された経済がすべての人を含むものであるなら、すべての人はグローバルな富に参加する平等な機会が与えられ、もっと住み良い世界に作り上げるべきである。テロリズムに対する闘争は、西側の文化革命を含み、このような現象の原因を理解するべきである。まず大事なことは、テロリズムが棲む水を排水することである。このような問題を第三世界の目で見ることが重要である。」(ZENIT 2001-10-8)

 オサマ・ビンラディンは十一月三日夜、カタールの衛星テレビ『アルジャジーラ』を通じて声明を発表し、米国のアフガニスタン攻撃はキリスト教国によるイスラム教に対する「十字軍戦争だ」との見解を示し、世界のイスラム教徒に信仰の「防衛」を呼び掛けた。これに対し、聖座に近いGrillo司教は、米英のアフガニスタン攻撃のニュースを受けて、「これは、宗教間の戦争(聖戦)ではない。」と述べた。(ZENIT2001-10-08)

 一〇月九日午前、シノドスのためにローマに滞在していたアメリカの枢機卿と司教は声明を発表し、無辜の市民の安全を訴えた。「軍事行動は常に悲しむべきものであるが、無辜の人々を保護し共通善を守ることも必要である。この(米英軍の)対応が、テロを実行しそれを助けるものに向けられるのであって、アフガンの人々やイスラム教徒に向けられたものではないことを明確にする努力を支持する。」(ZENIT 2001-10-09, CNS-2001-10-10)

 

五 正戦論

 米英によるアフガニスタンの攻撃は「正義の戦争just war」といえるのか、その条件は何かなどについて様々な議論が起こっている。正戦論とは、アウグスチヌスやトマスにまで遡るもので、戦争開始の条件(jus ad bellum)として、正当な理由、正当な権威、正しい意図、最後の手段、比較優位な正義、均衡性、合理的成功期待を挙げ、戦争継続の条件(jus in bello)として、戦闘員への差別的攻撃であること、守るべき価値と損害との均衡性を挙げている。

 一〇月一二日発行のフランスのカトリック新聞La Croixに掲載された会見で、バチカン国務省の高官Tauran大司教は、「アメリカの軍事行動は正当化しうるものであるが、市民の生命を危険にさらしてはならない。自衛のために武器を取ることは暴力の論理に堕す危険がある。軍事行動は明確に定義された目標への力の行使に限るべきである。」と述べた。(CNS 2001-10-12, ZENIT 2001-10-15)

 国際法学者で教皇の伝記作家でもあるGeorge Weigel氏は、「カトリックは何が違うか。正戦論を正す」という記事において、テロへの先制攻撃は倫理的に正しいと述べた。「正戦論の基礎は、正しく構成された権威は、正義を追求するという道徳的義務を果たすために、自分達や、守るべき人々の危険さえも賭さなければならないということである。トマスは正戦をカリタスの中に位置づけている。第二次大戦後、核戦争の脅威から、カトリック者の注意が戦争継続の条件にのみ向けられ、一九八〇年代には、共産体制ではなく核兵器が平和への最大の脅威だと考えられるに至った。これは間違いだった。」と述べている。(ZENIT 2001-10-13)

 フィラデルフィアのBevilacqua枢機卿は一六日ブッシュ大統領に書簡を送り、「アメリカのテロへの戦争は正しい戦争である。」と賞賛した。「このテロをわが国の道徳的退廃への神の罰であるとする考えや、これは合衆国の外交政策の必然的な結果であるというような考えは間違っている。私はテロ攻撃への大統領の多面的な対応を支持する。」と述べた。(CNS 2001-10-18, ZENIT 2001-10-24)

 少し後のことになるが、教理省長官Ratzinger枢機卿は、一一月一三日のバチカン放送のインタビューで、「個人や政府は、攻撃を受けた場合武力によって自衛する権利がある。しかし、武力に訴える際には基本的人権を尊重しなければならない。キリスト教の伝統によれば、罪に穢れた世界では悪意の攻撃があるが、他者を助けるために自分を助けることは義務にもなりうる。この自衛の手段は法律を尊重しなければならない。敵も人間として尊敬しなければならない。」と述べた。(ZENIT 2001-11-14)

 ジョージタウン大学のBerrigan師(イエズス会)は、一一月一九日講演し、「このテロ攻撃への真にキリスト教的な対応は、実行犯の動機が何であるかを真剣に理解し、これを国際連合や国際法廷に明らかにすることである。歴史上すべての戦争は自衛の名の下に行われ、神の意に叶っていると主張された。しかしイエスはしばしば弟子達に暴力を戒め、たとえ攻撃されても他の方法で対応するよう奨めている。正義感やナショナリズムを克服することはキリスト者の使命である。」と述べた。(CNS 2001-11-26)

 

六 各国司教団の声明

 一〇月二二日の週、FABC(アジア司教協議会連合)は声明を発表し、テロの非人道性、またアジアの暴力の現実を強く非難した後、「山上の説教の精神により、目には目をというような復讐の対応にはノーと言わなければならない。暴力とテロの種は、世界の様々な不正義と不正なシステムの中にある。暴力は復讐によって克服することはできない。ガンジーが言うように、目には目をという対応は皆を盲目にする。『平和を造る人は幸い』という教えに従って、世界中の善意の人々とともに愛の文明を構築しなければならない。」と述べた。(ZENIT 2001-10-28)

 第十回シノドスは四週間にわたる会期を終え十月二十七日閉幕した。教皇ヨハネ・パウロ二世はサンピエトロ大聖堂でミサを行い、会議に参加した司教二百四十七人の働きに感謝の意を表明した。その決議の一つでこの問題が取り上げられ、「我々は何ものも正当化しえないテロリズムを絶対的に非難する。今回のアメリカに対するテロだけではなく、世界中のテロを非難する。同時に、地上の全人口の八〇%が、二〇%の収入しかなく、一二億人が一日一ドル以下で生活している罪の構造を非難する。人類が従来にも増して資源を共同利用することができる時代に、このような飢餓と貧困のドラマをどうして黙視することができようか。道徳の根本的な変革が養成されている。教会の社会教説はいくら強調してもし過ぎることはない。時には悪の力が勝利するように見えることもある。しかし信仰の目には、神の慈愛が限りなく行き渡るのである。」と述べた。(ZENIT 2001-10-26, New York Times 2001-10-28)

 フランス司教団は一一月八日、ルルドで開いている総会において、アフガン攻撃を中止するよう声明を発表した。「日に日に強力な爆撃がアフガニスタンに加えられテロリストの基地を破壊しようとしているが、同時に爆撃は無辜の市民を殺傷し、資源を破壊している。恐怖から、何万人もの難民が山岳地帯に向かっている。悪が悪の上に加えられ、暴力が暴力の上に加えられることのないよう、他の手段を考えるべき時である。」(CNS 2001-11-9, http://www.cef.fr/

 他方、アメリカカトリック司教会議は年次総会を開き、一一月一五日、米軍のアフガニスタン攻撃を「大量テロに対し無辜の人々を守り、公益を防衛するために必要なら国家や国際社会は軍事力を行使する権利と義務がある」と支持する声明を百六十七票対四票の大差で採択した。声明はまずテロ攻撃による損失、苦痛、不安、恐れ、ショックについて述べ、貧困と不正義の存在を認めつつ、問題解決の手段として暴力を用いることを断罪した。対応策として、司教団は九月一一日の恐ろしい行為が看過されるとして平和主義を拒絶し、共通善を保護し、無辜の人々を守り、平和を再確立することは義務であると述べた。司教団は、軍事的対応を支持するが、力の行使にあたっては多くの道徳的原理を尊重しなければならないと主張している。(ZENIT 2001-11-15, 2001-11-24)

 またドイツ司教団はベルリンで会合を開き、アメリカの主導するアフガンへの軍事行動について、特に三九〇〇人の兵力を派遣するというドイツ政府の決定について議論したが、意見が分かれた。軍務司教区の責任者であるMixa司教は、「この政府の決定はアメリカへの盲従である。教会は一般的な道徳原理を思い起こさせるだけで満足してはならない。」と非難した。(CNS 2001-11-21)

 一一月一六日、イングランドとウェールズの司教会議は記者発表を行った。彼らは同時多発テロを断罪するとともに、国連憲章五一章に表された自衛権に同意した。同時に、平和を見出す方策を促し、軍事行動が明確な目標に向けられ、厳密に制限されたものであるべきことを主張した。しかし、非合法なテロ攻撃と、許されうる軍事目標への爆撃とを区別すべきことを強調した。(ZENIT 2001-11-24)

 

七 「世界平和の日」メッセージ

 教皇は一二月一一日、二〇〇二年一月一日の「世界平和の日」メッセージを発表した。教皇は、テロリズムを人類への罪と断罪するとともに、テロへの対応は道徳的法律的制限を尊重してなされなければならないことを強調した。社会はテロリストから身を守る権利を持っているが、その対応は諸国民の間の真の和解を育むものでなければならない。「テロ行為は、憎しみから生まれ、孤立と不信感、閉鎖を生みだします。暴力に暴力が加えられ、その悲劇的連鎖で、新しい世代が巻き込まれていきます。そして、以前の世代を分かっていた憎しみが受け継がれていきます。テロ行為は、人のいのちの軽視の上に成り立っています。このため、ゆるしがたい犯罪を引き起こすだけでなく、政治的、軍事的手段としてテロ行為に訴えるために、それ自体がまさに人類に対する犯罪となるのです。」

 教皇は、ゆるしの必要を力説し、諸宗教間の理解と協力を求め、「この世界平和の日に、すべての神を信じる人の心から、テロ行為の犠牲となった方々、その悲劇に打ちひしがれている遺族の方々、そしてテロ行為と戦争によって、今も傷つけられ、苦しめられているすべての人々のために、より強い祈りがささげられますように。わたしたちの祈りの光が、その情け容赦ない行為で、神と人に対して重大な攻撃をしかけている人々にさえも及び、彼らが、自分たちが引き起こしたことに思いを向けて、その悪に気づくことで、すべての暴力的意図を捨て去るよう突き動かされ、ゆるしを願うまでになりますように。」と結んでいる。(ZENIT 2001-12-11, 全文の邦訳はhttp://www.cbcj.catholic.jp/jpn.htm

 

八 おわりに

 以上、種々のweb pagesから見た、九月一一日同時多発テロに関する教会の動きをたどってきた。総じて、高位聖職者達の発言の中には対テロ戦争に対し肯定的な見解も見られるが、教皇ご自身はかなり抑制的な発言をされている点が目立つ。司教団では、アメリカ司教団は明確な支持を表明し、イギリスの司教団も限定的ではあるが支持を表明しているが、日本司教団、アジア司教協議会連合などは明確に批判的であり、フランスの司教団は戦争の中止を要求している。またドイツ司教団は意見の一致を見なかった。もちろん戦争支持と言ってもいわゆる「正戦論」の範囲であり、「報復戦争」を不可避かつ必然的なものとして肯定しているわけではない。多くの見解は、道徳原理の遵守、とくに非戦闘員の保護という現代戦争では実現の難しい条件を強調している。また、テロの根本原因である貧困と格差の問題を無視することはできない。今後への大きな問題である。

 

 

 カトリック学友会『創造』120号(2003年6月)所収

(3〜15ページ) (04/01/12修正)

 

イラク攻撃をめぐる教会関係の動き

小柳義夫

 

 アメリカを中心とする連合軍によるイラク攻撃は三月一九日に始まり、約三週間でフセイン政権の崩壊をもたらしたが、この攻撃は政治的、法的、倫理的に正当化されるか大きな議論があった。以下では主として教会関係の動きを中心にまとめてみたい。

         一 八月までの動き

 ブッシュ政権は発足以来イラクを狙っていたと言われているが、9・11の余韻もさめやらない二〇〇二年一月二九日に、一般教書演説でイラク・イラン・北朝鮮を「悪の枢軸」と非難し、圧力を強めていった。ブッシュ政権は、サダム・フセイン政権に対して「先制」攻撃を行うことに国際的な支持を得られなくても、一方的に行動すると警告を繰り返した。イギリスでは八月六日原爆記念日に、英国国教会次期大主教や三名のカトリック司教を含む二五〇〇人の宗教者がイラクへの軍事行動に反対する意見書を首相に届けた。意見書は「最強の国が戦争や脅しを外交の手段として容認し、国連やキリスト教の精神を踏みにじっている。戦争ではなく、不正な構造を改めることで平和を達成すべきだ」と呼びかけた。同日、バチカン放送局長もアメリカが武力攻撃の方向に傾いていることを非難した。二四日にはカトリック女子修道会の包括団体LCWRは、イラクへの軍事行動に反対する書簡をブッシュ大統領に送った。三〇日にはWCC(世界教会協議会)で、米、英、カナダなどの指導者三八名が、アメリカに対してはイラクへの一方的な攻撃を行わないよう、またイラクに対しては国内への抑圧をやめ、大量破壊兵器の開発を中止し、国連の査察に協力するよう呼びかけた。九月二日、WCC中央委員会は、アメリカが9・11で受けた痛みに留意しつつも、アメリカとその同盟国に「テロに対する戦争」という口実のもとで先制攻撃に加わらないよう呼びかけた。八月三〇日アメリカ福音ルーテル教会総裁は、イラク政府を転覆させる戦争は正戦論の原則で正当化できないと述べた。ブッシュ大統領もチェイニー副大統領もメソジストであるが、同日、統一メソジスト教会行動委員会のウィンクラー師はブッシュ大統領に、イラクを攻撃することなく国連による平和的な解決を模索するよう要求し、「先制攻撃戦争はアメリカの外交政策の危険な重大な転換であり、他の国々への恐ろしい先例となる。」と述べた。

 イギリスのオコナー枢機卿も、九月五日のタイムス紙で「イギリスやアメリカがイラクの体制を地域の安全に対する脅威と見ていることは理解できるが、イラク戦争は大きな破壊と苦悩をもたらし、自国と世界に重大な帰結をもたらす。イラクに対する行動は全人類の状態、特に貧しい人の状態を改善するか、世界の平和を増大させるかという観点から判断されるべきである。」とイラクへの軍事行動への懸念を表明した。

 教皇は九月七日の新任のイギリス大使へのスピーチで、高度に組織化された国際的テロと戦わなければならないが、そのためには不正義や圧政の状況を改善すべきであると述べた。バチカンの外相にあたる外務局長トーラン大司教は九日イタリアの新聞との会見で、「国際社会が実力行使が適切であると判断するためには、安全保障理事会の決議によらなければならない。」と述べた。バチカンの高官がイラク攻撃について発言したのはこれが初めてであった。十日、米国司教団行政委員会は声明を発表し、「テロリズムと戦うに当たって、軍事力の行使は控えるべきである。戦争に関する倫理の法は、市民の保護と国際社会の支持を要求する。」と述べた。英国教会のカンタベリー大主教も十日、「首相を尊敬するが、個人的には国連の強い同意のない軍事行動には反対である。」と述べた。スコットランドのカトリック司教協議会は、一一日、ブレア首相に対し、「カトリックの教えによれば戦争は他の手段が残っていないときの最後の手段であり、『現代戦争の恐怖は国際間の紛争を解決する手段としては受け入れ難い。』という現教皇の一九八二年の言葉に留意すべきである。」と述べた。

 戦争賛成の宗教指導者もいないわけではない。英国国教会のアリ主教はテレグラフ紙に、「イラクは隣国を侵略し自国民を攻撃する能力を示したので、西側諸国はそのようなテロと戦う責任がある。」と述べた。また、アメリカの南部バプテストも、フセインが大量破壊兵器を開発し、それをアメリカと同盟国に使用しようとしているとして、力の行使を承認した。

         二 ブッシュ演説後

 九月一二日にブッシュ大統領は国連で演説し、イラクへの一方的武力行使の可能性を強調するとともに、安保理に新たな決議を要請した。同日、カナダ、スコットランド、オーストラリアのカトリック教会の指導者たちは、イラクへの攻撃は正戦論に当てはまらず、いかなる軍事行動も国連を通してなされるべきである、と述べた。前年、アフガニスタン攻撃は支持したアメリカ司教協議会は、十三日ブッシュ大統領に書簡を送り、「アフガニスタンへの攻撃とは異なり、イラク政府を転覆するための先制的一方的な軍事力の行使は許されない。」と述べた。十六日、イラクは大統領関連施設を除く無条件の査察受け入れで合意した。同日、イタリア司教協議会会長ルイーニ枢機卿は、「バグダッドへの先制攻撃は許されない。新たなより恐ろしい悲劇の危険を防ぐことは必要であるが、先制攻撃を行うことではない。それは中東と全世界の不安定化に重大な効果をもたらすであろう。」と述べた。

 教理省長官のラッツィンガー枢機卿は、二十二日、ある賞の受賞式で、アメリカによるイラクへの一方的軍事攻撃は、現状では倫理的に正当化できないと述べた。「教会は戦争を認めていない訳ではないが、『予防的戦争』という言葉は『カトリック教会のカテキズム』にはない。」

 また同日、ジュネーブの国連諸機関へのバチカンからの常駐オブザーバーであるマーティン大司教(本年五月、ダブリン協働大司教に任命)は、教会関係六〇組織の集まりで講演し、「我々は対話を支持しているが、国際法も尊重しなければならない。力の行使にも備えておかなければならないが、使うかどうかの決定は国連の安保理である。力に頼ることはいつでも失敗である。しかし、いかなる犠牲を払っても平和主義(pacifism)を支持する訳ではない。力の行使を拒否するものは、どうやって問題を解決するのかを責任を持って説明しなければならない。」と述べた。ここではいわゆる「平和主義」が、戦争はいやだというだけで、問題解決の方法を示していないという批判を意識しているようだ。

 ワシントンのマカリック枢機卿はテレビ番組で、アメリカ人の生命が直接危険にさらされない限り、イラクとの戦争は避けるべきである、と述べた。「防衛的戦争は一定の条件の下で許されるが、現実の直接的な危険があるとは思えない。たとえ防衛戦争であっても、手段と目的との均衡性とか市民の被害を避けるとかの規則を守る必要がある。第一撃は、生物兵器が確実に存在するというような状況でない限り正当化することは非常に困難である。」

 アメリカの軍事大司教区のオブライエン大司教は、三〇日の演説で次のように述べた。「ブッシュ大統領はイラクへの軍事行動を始める前にフセインと9・11との関係を証明しなくてはならない。少なくともイラクの脅威について世界が納得できる証拠を示さなくてはならない。私はブッシュ大統領を尊敬しているが、もし軍事行動が取られるならより確実な証拠を期待している。」

 国連への常駐オブザーバーから、教皇庁正義と平和評議会会長に任じられたマルティーノ大司教はイタリアの週刊誌とのインタビューの中で、「イラクへのアメリカの先制攻撃は、ある一国が世界のどこにいつ干渉するかを決定する権限があるという仮説に基づいている。これは単独行動主義に他ならない。イラクへの一方的な攻撃は道徳的にも法的にも問題である。」と述べた。

 バチカン放送の運営委員長のトゥッチ枢機卿は、国連抜きでイラクへの軍事行動を主張する指導者達にむかってこう述べた。「このような決定をする権威者は、イラクの市民への影響を評価したのであろうか。またこのような行動により、戦争を回避して平和的に解決できる唯一の期間である国連の権威を失墜させることを考えないのであろうか。そして、アメリカのある種の政治的立場はアラブ世界に新しい団結をもたらしテロを拡大する危険を考えないのであろうか。」

         三 米上下院イラク攻撃を決議

 一〇月七日、ブッシュ大統領は、演説においてイラクに大量破壊兵器の破棄を要求した。一〇日、米下院は対イラク攻撃を容認する決議採択し、米上院も一一日に採択した。

 英国国教会の主教会議は、一〇日イギリス政府および国際社会にイラク危機を平和的に解決するよう声明を発表した。「イラクが世界の平和と安全に切迫した特定の脅威を与えているという決定的な証拠はない。このような状況では軍事行動は正当化できない。戦争が容認できるのは国連が認可した時だけである。イラクは国連による大量破壊兵器の自由な査察に協力すべきであるという政府の方針を確認する。イラクが国連を露骨に無視していることは問題だが、イラクを国連決議に従わせるために一方的な行動を起こすならば、国連の権威を一層失墜させることになる。」

 フランス司教団の常任委員会は一五日宣言を発表し、イラクへの軍事行動は現状では容認できないと述べた。「一人一人の生命の尊重が平和の条件である。国家間の違いを解決するために、戦争を単なる選択肢の一つと考えてはならない。国連憲章でもカトリックの倫理の伝統でも、武器の暴力への依存は、たとえ共通善のためであっても、もっとも極限の状況以外では訴えることのことのできない重大な決定であり、非常に厳格な条件(『カトリック教会のカテキズム』No. 2309[邦訳、p.674。『カトリック教会の教え』p.403も参照。])を満たしたときのみ許される。たとえイラク政権がイラク国内の人権と国際法を犯し、緊急かつ直接の脅威だとしても、この条件を満たしているだろうか。また現実の脅威があったとしても、軍事行動以外に他の手段はないのだろうか。アラブとアメリカとの対峙は過激なイスラムを増大させ西側の民主主義への憎悪をつのらせるだけである。これまでにもまして、正義こそ平和の基礎であり条件である。」

         四 決議一四四一採択

 一〇月二四日、アメリカはイラク決議案を安全保障理事会に公式に提示した。一一月八日には、国連安保理は査察の完全実施を求める決議一四四一を全会一致で採択した。 一三日、イラクはこの決議を受諾した。一八日、国連査察団の先遣隊がイラクに到着し、二七日、四年ぶりに査察が再開された。

 イエズス会の発行する雑誌La Civilta Cattolicaの一一月二日号論説で、「アメリカのイラクに対する予防的戦争の考えは非合法であり逆効果をもたらす。そのようなことが許されれば地球上が永久に戦争状態になってしまう。アメリカが平和の守護者となり、世界のどこでも戦争を用意しているところがあれば介入すると脅かすことは危険な幻想であり、終わりのない戦争の拡散に終わるであろう。」と述べた。

 アメリカ合衆国司教協議会は一一月一一日から首都ワシントンで開かれ、イラク戦争を正戦と見なせるかどうか議論した。ある司教たちは、アメリカの政策に疑問を提出するだけでなく、軍隊に参加するカトリック信者への明確な道徳的指針を出すべきだと述べた。ニューオーリンズのハナン前大司教は、「戦争に全面的に反対することには慎重でなければならない。第二次世界大戦で原子爆弾や強制収容所の恐ろしさを経験した我々にとって、フセインのような専制的な権力を先制的に取り除くことはひとつの見識かも知れない。」と述べた。

         五 イラク大量破壊兵器の存在を否定

 一二月七日、イラクは大量破壊兵器を否定する約一万二千ページから成る申告書を査察団に提出したが、十九日、アメリカは、「重大な安保理決議違反」と批判した。

 バチカンの外務局長トーラン大司教は、十二月二十三日ローマの新聞とのインタビューにおいて、次のように語った。「国際社会はイラクにおける新しい戦争を防ぐためにあらゆる可能なことをしなければならない。アメリカは自分の決定で攻撃する権利はない。イラクは軍縮に関する国連の命令に従う必要があるが、戦争を計画する前に現在の国連の査察の結果を見守る必要がある。攻撃が起こらないようにあらゆる可能なことをするべきである。武器の使用は当然のことではなく、さらに予防的戦争の概念はは国連憲章にない。イラクの指導者達は政治行動を加盟している国連の命令にあわせなければならない。しかし国連の権利外でいかなる軍事的決定もなしてはならない。一国が、『わたしはこれをするから、他の国は黙って助けるべきだ』というような決定をすべきではない。それは国際法の全体系を壊し、ジャングルの弱肉強食の掟になってしまう。我々は市民にどんな影響が出るか、イスラム世界がどう反応するかを考えなければならない。戦争は反キリスト教的、反西欧的十字軍を引き起こすであろう。」

         六 査察団中間報告

 二〇〇三年一月九日、査察団は安保理に中間報告を行い、「大量破壊兵器の開発・存在の決定的証拠はない」と報告した。

 教皇は一三日、バチカンと外交関係のある国の使節を前に定例のスピーチを行い、「わたしは戦争に反対する。戦争は避けられないわけではない」と述べ、「戦争は常に、人間性にとっての敗北を意味する」と、反対の意思を明確に示した。「(アメリカの言う)平和への戦いは人命への攻撃にほかならず、攻撃によって一般市民が置かれる状態を無視して開戦を決断してはならない」と訴えた。教皇はさらに「戦争は厳格な条件を満たした場合の最後の選択肢であり、国際法、誠実な対話、諸国間の連帯、高潔な外交のみが、紛争解決という目的にふさわしい手段である。」と、戦争回避の必要性を強調した。

 これに対して駐バチカンアメリカ大使ニコルソン氏は、「教皇が一月一三日のスピーチでイラクへの戦争の可能性を完全には否定しなかったことは重要である。教皇は、『戦争は必ずしも不可避ではないが、最後の手段でなければならない』と述べた。教皇は戦争を望んでいないが、平和主義者(pacifist)ではない。アメリカ大統領も国民も戦争を望んでいないが、それはフセイン次第である。」と述べた。

 イギリスでは、英国国教会の主教会議がイラクへの軍事行動は、イラクとテロ組織アルカーイダが明確に連携していることを「説得出来る新たな証拠」なしに、または「国際的な安全に対する緊急の脅威」なしには「道徳的に正当であり得ない」と語った。

 マレーシア、シンガポール、ブルネイの合同司教協議会は、一九日、聖座、アメリカ司教団と同様に、「現状ではイラクへの攻撃は、軍事力を行使するカトリックの教えの厳格な条件を満たしていない。同時にイラクも国連安保理の最近の決議に従うべきである。」との声明を発表した。全アイルランド大司教、ドイツ司教協議会、カナダ司教団は、いずれもイラク戦争は正当化できず、憎悪の増大と急進派の激励という結果を招くと批判した。ちなみにドイツ司教団は二〇〇一年、アフガニスタン攻撃の是非については一致した意見を表明することができなかった。

 ニューヨーク大司教イーガン枢機卿は、二二日、六大陸の神学者の集まる会で講演し、「国連査察団がイラクの危険について決定すべきである」と述べた。戦争が合法的に宣言されるためには、明白で確実な危険が明白に確実に知られていなければならない(回勅『地上の平和』)。もし査察団がイラクが脅威であると結論したとしても、国際社会は直ちに紛争に走るべきではない。

         七 先制攻撃へ

 一月二八日、ブッシュ米大統領は一般教書演説で「イラクは欺いている」と、武力行使も辞さない姿勢を示した。

 イタリア司教団事務局長ベトーリ司教は、二八日、イタリア司教団常任委員会で、「国連が軍事介入を承認したとしても、イラクへの予防的戦争は正戦ではない。国連の承認は一つの要素であるが、唯一のものではない。もし予防的なものであれば国連が承認しても正しくない。」

 バチカンの機関誌L'Osservatore Romano紙は二月一日付で予防的戦争の概念を厳しく批判し、イラク国民の苦難に注意を喚起した。この記事は、イタリアの国防大臣が木曜日に予防的戦争の概念を弁護したのに対して出されたものである。

 アメリカ人のスパフォード枢機卿(教皇庁信徒評議会会長)は、二月三日、「アメリカ政府はイラクが国の安全に切迫した危険であるという決定的な証拠を提示できなかった。これがなければ軍事行動を道徳的に正当化できない。」とのべた。かれはさらに予防的戦争という言葉を勝手な解釈を招くと批判した。「知的な厳密さをもって客観的な基準を当てはめなければならない。脅威は明白かつ現在のものでなくてはならない。将来のものであってはならない。アメリカ政府は、他の選択肢がすべて非現実かつ非効率であることを示していない。」

 日本カトリック正義と平和協議会(会長・松浦悟郎司教)も二月三日、ブッシュ大統領にあて、戦争は問題を解決しないこと、イラクの市民の苦しみを増すこと、教皇も戦争に反対されていることなどを上げて、イラク攻撃をやめるよう要望書を送った。

 アメリカの男女修道会の長上や神学者ら六十人のグループは、二月三日駐バチカンアメリカ大使ニコルソン氏にファックスを送り、教会がほとんど異口同音にイラクへの新しい戦争を非難している中で、大使が予防戦争の概念を弁護している神学者ノバック氏を使って、バチカン内を説得して回っていることは、教会と国家との分離の原則に反すると抗議した。これに対してノバック氏は、五日、「カトリック教会のカテキズムは、戦争をするかどうかの判断は共通善を追求する責任のある権威者によってなされるべきであると述べている。この場合大統領とその内閣である。それ以外に誰が決定するための情報を持っているか。私は戦争に反対するバチカンの立場を変えることは期待していない。私の仕事は、私が真実と思うことを良心的に述べることである。戦うべきではないという人々は、サダムの武器によってアメリカ市民に何か起こったら重大な良心の危険を負う。」と述べた。

 このころニュージーランドの枢機卿、インドカトリック司教協議会もイラクへの攻撃を批判した。

         八 イラクの決議違反の「証拠」を提示

 二月五日、パウエル米国務長官は安保理での報告において機密情報を開示し、衛星写真や軍幹部らの会話盗聴記録などからイラクの隠蔽工作を指摘し、イラクの決議違反を非難した。

 教皇庁正義と平和評議会会長マルティーノ大司教は、七日バチカン放送の番組で、「パウエル国務長官が国連で示した証拠は不十分であり、国連決議の有効性に影響を与えるものではない。」と述べた。「イラクが決議に従っていないという証拠が示されて初めて、国連は決議の他の部分、すなわち重大な帰結について対応するべきである。」

 アメリカでは、「必要なら米国単独でも脅威に対処できる」(ワシントン・ポスト紙)という武力行使容認論から、「戦争のもたらす結果とイラク再建のコストを考えると、国際社会の支持なしには戦えない」(ニューヨーク・タイムズ紙)との慎重論まで異なる反応があった。

 日本では、読売新聞は七日の社説でイラクはほぼ黒で攻撃もやむを得ないと論じたのに対し、朝日新聞は同日の社説で疑惑は深まったが決定的でないとし、毎日新聞はイラクが疑惑をはらすよう要求した。

 五日スイス司教団は声明を発表し、「このような攻撃は市民に大きな被害をもたらし、世界中のイスラム過激派に油を注ぐことになる。世界は予防的戦争を慎むべきであり、むしろ戦争を予防すべきである。」と述べた。WCC、ヨーロッパ教会協議会、ドイツ教会協議会、中東教会協議会は五日ベルリンで会合を持ち、イラクに対する先制攻撃は外交政策として容認できないと述べた。同時にフセイン大統領に対し、国連査察団に協力し、イラク市民に対して完全な人権を保障するよう求めた。インドネシア司教協議会事務局長は信徒宛の書簡で、戦争を拒否し平和を訴えた。

 セルビア正教会代表団は六日教皇と会談し、「二〇世紀だけでも我々の教会と人々は七回も戦争を経験し、特にコソボでは今もなお深い傷に苦しんでいる。セルビア正教会は、教皇とともに、地上の力あるもの、とくにアメリカ合衆国とその同盟国に対し、イラクに対して新しい戦争を起こさないよう要請する。この戦争は我々すべての敗北であり、全人類の不名誉であるばかりか、イラクの人々への恥辱であり破壊である。」と述べた。グルジア正教会総大主教も、七日イラクへの戦争に反対する声明を発表した。

 七日、ドイツのフィッシャー外相は、教皇およびバチカン高官と会談し、バチカンとドイツの両者は、イラクでの戦争が人的被害と中東地域全体の長期的な不安定をもたらすことを深く憂慮するとともに、イラクが決議一四四一に従って積極的かつ完全に武装放棄すべきであるということで意見が一致した。

         九 教皇の活発な外交活動

 二月八、九日、ブリックス国連査察委員長がバクダッドを訪問し、「イラクに変化の兆し」と査察継続を期待した。一〇日、仏独とロシアが、査察強化と継続を求める三国共同宣言を発表した。

 フランス司教団は一〇日声明を発表し、戦争を避けるための勇気ある努力を求めた。「人民を抑圧する体制への予防的戦争の合法性を認めることは、世界を火と血に投げ込むであろう。我々の仲間の市民や我が国の政府はこのような戦争に関わらないという広い合意ができている。」と述べた。スコットランド司教団もイラクへの戦争の道徳的合法性を疑う声明を出した。

 一一日、エチェガレイ枢機卿が教皇特使としてフセイン大統領への親書をもってバグダッドを訪問した。またイラクのアジズ副首相(カルデア典礼のカトリック信者)が、一三日イタリアを訪問し、伊政界関係者と相次いで会談し、国連の査察延長を訴えるとともに、イラク政府が国連査察に全面的に協力する姿勢を強調した。一四日教皇と会見し、フセイン大統領からの親書を教皇に手渡した。会談では、教皇がイラク問題の平和的解決のため「国連安保理決議を誠実に、具体的な行動を伴った形で順守」するよう求めたのに対し、アジズ副首相は大量破壊兵器の放棄のため「イラク政府には国際社会に協力する意思があることを保証したい。」と、協力の用意があることを伝えた。アジズ副大統領は一六日フランシスコ会の招待によりアッシジを訪れたが、これが政治的ジェスチャーだと批判を浴びた。

 一方イラクを訪問中のエチェガレイ枢機卿は一五日、イラクのフセイン大統領と会談し、教皇のメッセージを同大統領に手渡した。大統領は「米国はイラクに様々な口実を設けて威嚇を続けるのに、あらゆる種類の大量破壊兵器を保有するイスラエルには何もしない。イラクがアラブ人、イスラム教徒の国だから、と考えて当然ではないか。これは民族宗教差別にほかならない」と主張、「教皇がこの問題に取り組めばキリスト教世界に多大な影響を及ぼせる。それは神を前にしての歴史的責務だ」と語った。

 一四日、査察団は安保理への追加報告で「イラクの協力はまだ不十分」としつつも査察継続を要望した。安保理の理事国中、米英とスペインを除く一二国が査察継続を主張している。

 教皇は一八日夜、アナン国連事務総長と会談し、イラク危機の正しい解決を見出すことはなお可能ということで同意した。

 一八日、安保理の公開討論会で査察継続を求める仏独案の支持が大半を占めた。参加六二カ国・機構のうち米英案の支持は日本とオーストラリアなど一〇カ国のみであった。

 国務長官ソダノ枢機卿は一八日付新聞での記事で、「聖座は平和主義ではないが、平和をつくる者である。」と述べた。「聖座は国家の自衛権を認めており平和主義者ではないが、紛争の発生を阻止するため強力に働いていてる。」

 英国のカトリック教会と英国国教会の高位聖職者はイラク攻撃の道徳的正当性に疑問を呈する共同声明を出した。「戦争は常に見通しがつかない。他の方法がなかったのかと失敗感と反省に駆られる。このような事柄に最終的な決定を行わなければならない人の責任の重さを認識している。我々は毎日彼らのために祈っている。最近の出来事は、道徳的な正当性にも、人道的政治的な結末についても多くの疑いを禁じ得ない。軍事行動以外の選択肢は、不作為でも、消極性でも、宥和政策でも、無関心でもない。この危機のすべての当事者が国連を通じて、武器査察を継続し、戦争の傷跡と悲劇を不要にしなければならない。イラク政府が大量破壊兵器に関する国連決議を完全に履行することが必要である。」

 二一日、臨時司教総会のために集まっていた日本司教団は、イラク問題の平和的解決について声明を発表した。「イエスは敵を愛するよう命じ、ヨハネス二三世は国際紛争は武力ではなく交渉によって解決するよう求められた。イラクの大量破壊兵器に対処するための予防的武力行使はたとえ国連による決議があったとしても、正当防衛とはいえない。それはイラク国民を苦しめ、中近東を不安定化する。我々はイラクを含むすべての国に、大量破壊兵器を廃棄するよう求める。」

 二二日、ブレア首相が教皇およびバチカン高官と会見した。教皇は新たな世界の分裂をもたらすイラク攻撃を回避し、国際法に基づく国連との協力態勢によってイラク問題を平和的に解決するため、「あらゆる努力」を行うよう要請した。会談前ブレア首相は「最後の選択肢の戦争を望まない点で、教皇の戦争反対の立場と共通点はある」と語っていた。

         一〇 武力行使へ

 二月二四日、アメリカ、イギリス、スペインが武力行使に向けた新決議案を安保理に提出した。これに対抗して仏独とロシアは査察の強化と継続を求める覚書を提示した。

 二四日、バチカンの外務局長トーラン枢機卿は、国際的な相違を解決する手段として戦争をしてはならないとする国連憲章二条四節に言及した。聖座の立脚する所は、「すべての行動が国連に持ち込まれ、そこで決定されなくてはならない。」ということにある。国連だけが、軍事行動を、先立つ侵略があった場合に限り、合法な正当防衛と判断できる。「国連査察団は仕事を続けるべきであり、今でも平和と希望の余地がある。」

 アメリカ合衆国司教協議会のグレゴリー会長は二六日、司教団の一致した意見として、「アメリカが主導するイラクへの予防的、一方的攻撃は道徳的合法性を欠く。イラク政府は大量破壊兵器の開発を中止せよという国連の要求に従うことにより戦争を避けるべきである。」と述べた。

 同日、ブッシュ大統領は、イラクの民主化を進めることで中東全体の平和と安定に影響をもたらすとする「イラク民主化構想」を示した。

 教皇は二七日、スペインのアスナール首相と会談した。教皇は対イラク武力行使で米英と足並みをそろえる同首相に対し、イラク問題の解決には国際法に基づく平和的な方策を選択するよう強く求めた。教皇は三月四日、イタリアのベルルスコーニ首相とも会見し、イラク問題の解決について議論した。

 教皇の特使ラギ枢機卿は五日、ブッシュ米大統領と会談し対イラク攻撃をめぐって意見を交わした。枢機卿は大統領に教皇の書簡を手渡し、国連安保理の承認なしに攻撃することは不当とするバチカンの立場を述べた。枢機卿は米国が攻撃を避けるためにすべての手段を講じているかどうか質問した。大統領はイラクのフセイン政権を倒すことが世界平和につながると説明したという。

 こうして教皇はイラクにもアメリカにも特使を送ったわけであるが、サダムとブッシュを同列においているのではないかという批判が出された。トゥッチ枢機卿はこれを否定し、「教皇は重要人物に倫理や国際法を忘れるなと警告したのだ。教会は真理に従った議論の重要性を主張する数少ない権威である。」と述べた。

 五日、仏独ロの三国外相は米英などの新決議案反対の共同宣言を出した。七日に、ブリックス委員長は、イラクの査察協力を評価しつつも、生物・化学兵器の廃棄努力を求める安保理報告をおこなった。同日、米英スペインは、イラクに一七日までの武装解除を求める修正決議案を提出した。

 教皇庁正義と平和評議会会長マルティーノ大司教は、MISNA通信社とのインタビューで次のように語った。「一九九一年のクウェート侵攻とは異なり今回は侵略がないので、この予防的戦争はそれ自体侵略戦争である。国連安保理の承認のないイラクへの一方的な攻撃は国連に致命的な打撃を与える。国際連盟の失敗を繰り返してはならない。フセインは十日間の最後通告を与えられたようだが、決議案が採決されず、可決されてない以上効力はない。国連査察団はあと少なくとも四ヶ月の猶予を与えられるべきである。ブッシュ大統領の圧力により、イラクは査察団の要求に応え始めている。決議一四四一によれば、査察団は大量破壊兵器を破壊し、無効にする権限を持っている。」

 一一日、安保理非常任理事国の六カ国はイラクの武装解除期限の四五日間延長を提案した。

         十一 攻撃開始

 三月十六日、米英スペインの三国首脳は大西洋のアゾレス諸島で会談し、外交努力を十七日で打ち切ることで合意し、修正決議案を取り下げた。ブッシュ米大統領は同日、イラクに対して、フセイン大統領とその二人の息子が四十八時間以内に国外に出ない場合、武力を行使すると通告した。

 教皇は同日、サンピエトロ広場での日曜恒例のアンジェラスの祈りでの演説の中で、イラク指導部に対し、戦争回避のため「国際社会に完全に協力」するよう強くアピールした。一方で教皇は、「交渉の余地はまだある」と述べ、「国連安保理構成国に対し、武力行使は最後の手段であることを喚起したい」と語った。

 十九日深夜、米英軍はイラク攻撃を開始した。

 これに対し、聖座は二十日、声明を発表した。「イラクの最近の情勢に深い痛みを覚える。イラク政府が国連決議や教皇のアピールに答えないのは遺憾であり、国際法に従った交渉の道が中断されることは残念に思う。」

 教理省のラッツィンガー枢機卿は二一日、フセイン大統領やブッシュ大統領が演説で、神の名を引き合いに出し、戦争を正当化していることを「まさに悲しむべきこと」と批判した。

 教皇は二二日、「イラク戦争は人類の運命を脅かすものだ」と、今回の戦争を厳しく非難し、「暴力と兵器で問題を解決することは決してできない。平和こそが、人々が団結した正しい社会を築くための唯一の道だ」と述べた。米国では司教協議会会長のグレゴリー司教が、開戦直前まで、戦争回避のため努力し、祈ろうと呼びかけていた。

 WCCのコンラッド・ライザー総幹事は、米国主導の攻撃を「不道徳、非合法、無分別」と批判した。「この悔い改めの時に、この戦争で苦しむ全ての人、そして兵士とその家族のために祈る」と語った。英国国教会の最高指導者カンタベリー大主教はデービッド・ホープ・ヨーク大主教と共同声明を発表した。「対イラク軍事行動までの道は長く困難なものだった。今や結果が予測出来ない段階に入ったことは明らかだ。この困難な時における祈りは、対立とその結果に巻き込まれる人全てと共にある。兵士とその家族、彼らを支える人々、そして明日をも知れないイラクと中東の人々のために祈る。とりわけ、神の恵みと憐れみを通して、正義と平和が速やかに来るよう祈る。」バプテスト世界連盟は「生命が失われることが、テレビで惨状を映し出されるのを通じて、身近に感じさせられた。戦争が速やかに終結するよう祈る。」と声明を発表した。米合同メソジスト教会の指導者は、ブッシュ大統領の開戦宣言に、祈り、和解の言葉、そして軍務に就いている人とイラク市民支援をもって応えている。世界宣教部会のランディ・デー部長は、全てのメソジスト(ブッシュ大統領も含まれている)に「戦争という怪物から人類が救い出されるよう、心から、思いと力を尽くし祈ることで平和のための祈りに加わるよう」求めた。イエスが命じられたように、敵のために祈ろう、と述べた。

 教皇は二九日、イラク戦争が引き起こす災禍が、キリスト教徒とイスラム教徒をお互いに敵対させ、「宗教的破局」を招くことがないよう呼びかけた。

 イラクに特殊部隊を送っているポーランドでは、イラク戦争の是非について司教団の意見が分かれた。マハルスキ枢機卿は、「戦争は平和をもたらす方法にはなり得ない。流行病より伝染力の強い憎しみと残虐から身を守らなくてはならない。」と否定的であるのに対し、ジシンスキ大司教は、「フセインの行状は平和的解決が幻想であることを示した。国際関係において、無関心が最良の徳であろうか。」と戦争を弁護した。

 アメリカのビザンチン典礼の司教がイラク戦争に参加することは宗教上の大罪であると語ったのに対し、オブライエン軍事大司教は二五日、兵隊に対し、「教皇を始め枢機卿や多くのアメリカの司教はこの戦争に反対しているが、君たちが軍務に就くことは良心に恥じることではない。正戦論の教理を説明するのは教会の役割であるが、それを判断するのは個人である。」と反論した。

         十二 イラク制圧

 四月九日、米英軍はバグダッドを制圧したが、WCCのライザー総幹事は、ヘラルド・トリビューンとのインタビューで、「アメリカ主導の軍隊が勝利したとしても、戦争は合法化されない。」と述べた。

 バチカンは一〇日声明を発表し、「この国の残りの地域で軍事作戦を行っている連合軍は早急に作戦を終了し、イラク人の苦しみを減らすべきである。イラク人と国際社会は、中東の平和の時代を建設するという戦後の挑戦を受けるべきである。イラクの物質的、政治的、社会的再建が視野に入ってきた現在、カトリック教会は必要な援助をする用意がある。」と述べた。しかしこの声明はバチカンがこの戦争に強く反対していたことに一切触れていない。

 日本では、一一日、各新聞が対照的な社説を掲げた。読売新聞は、「米英軍が勝利し、イラクは長期の圧政から解放されたので、米英の歴史的決断は正しかったことが示された。戦後統治については、血を流した米英が主導すべきだ。国連は秩序回復の手だてを持っていない。日本が米国批判を続けていたら、亀裂が入り、北朝鮮問題にも悪影響があったであろう。」と戦争を肯定した。これに対し朝日新聞は、「最悪の事態は避けられたとはいえ、あまりにも大きな犠牲であった。フセインは退陣もしくは亡命すべきであった。戦争の大義であった大量破壊兵器はまだ見つかっていない。アメリカを国連に引き戻すべきで、石油資源の独占を許してはならない。先制攻撃論は国際秩序を乱す。」と批判的な視点を示した。

 前にも触れた駐バチカンアメリカ大使ニコルソン氏は一三日、イタリアの新聞とのインタビューで以下のように語った。「ワシントンと聖座との関係は良好である。われわれは生命の尊重、人間の尊厳、宗教の自由、人権などの価値を共有している。教皇の一月一三日の外交官への演説で、『戦争にノー、戦争は必ずしも不可避でない。』と述べたが、アメリカ合衆国も全く同意見だ。戦争は最後の手段である。教皇は数日後、『戦争は人類の失敗だ』と述べたがこの点でも意見は一致している。教皇は、『戦争は非道徳だ』とはおっしゃらなかった。教会は正戦論の教義をもち、もしある国が攻撃されたり切迫した攻撃の危険があるときには戦争も許される。アメリカはこのような状況にあるとブッシュ大統領は信じているが、教皇はこの判断を共有していない。」

 ブッシュ大統領は五月二日、米空母エイブラハム・リンカーン艦上で戦闘終結演説を行ったが、その末尾でイザヤ書「捕らわれ人には出でよと、闇に住む者には身を現せ、と命じる。」(49:9)を引用した。これは「第二の僕の歌」に続く部分で、バビロンに捕囚されたユダヤ人の解放を歌った部分であるが、イスラムから見れば、フセイン政権の脅威の下にあったイスラエルへの支援とも読め、問題となった。

         十三 まとめ

 以上、イラク戦争をめぐる教会の動きを、時間を追って記した。アフガニスタン攻撃の場合は、教会内で容認と批判の双方が渦巻いていたが、イラク戦争については批判論が圧倒的に優勢である。戦争に批判的な論点としては、

 ○先制攻撃、予防戦争は正戦論で正当化されない

 ○同時多発テロとイラクとの関係は証明されていない

 ○テロ防止には、まず圧政、貧困、差別、不正義をなくすべき

 ○国連査察が進行中であった

 ○査察では大量破壊兵器は一切見つからなかった

 ○国連決議一四四一は、武力攻撃を直接承認していない

 ○武力攻撃決議案の賛成国は少数であった

 ○アメリカは国連決議違反について二重基準を設けている

 ○戦争はイラク国民を傷つけ、その生活を破壊する

 ○戦争は中近東の政治的安定を損なう

 ○戦争はイスラム過激派に火をつける

 ○戦争は国連の権威を地に落とす

 ○先制攻撃は歯止めがなくなる

これに対して、戦争を容認、又はやむを得ないとする論点は

 ○グローバル化したテロリズムは伝統的な正戦論では考慮されていないので、正戦論を拡張すべきである

 ○正戦論の条件が成り立つかどうかは政府にしか分からない

 ○やられるくらいなら、先にやっつけるべきである

 ○国連決議一四四一は、暗黙に武力攻撃を容認している

 ○国連は万能ではないので、承認されなくても関係ない

 ○フセインは巧みに査察を逃れようとしている。

 ○戦争反対はフセインに誤ったメッセージを送ることになる

 ○フセインが査察に協力するようになったのは戦争の意志を示したから。

 ○大量破壊兵器はきっと見つかる

 ○フセインによる悪を回復する義務がある。何もしないことは無責任である。

 ○フセインの圧政を放置すればイラク人はもっと苦しむ。戦争はより少ない悪である。

 ○イラクのテロ支援がなくなれば中近東はより安定化する

 ○フセインをそのままにしてはかえって国連の権威が下がる

などが挙げられる。すでに見てきたように教会関係では前者が大部分であったが、戦争容認論にも重要な問題点の指摘があり今後考えて行かなくてはならない。「そのときの雰囲気で考える」とか、「勝ったから攻撃は正しかった」というような論理では困る。

 戦争反対の意見の中で、国連をどう位置づけるかについて異なる考え方が見られた。教皇は戦争をひたすら回避するよう呼びかけられたが、多くのバチカン高官は、国連の承認の有無を強く意識した発言を行っている。すなわち、もし何らかの条件で国連が攻撃を承認すれば、国際法上許される戦争になる可能性を残している。「バチカンは平和のために働くが、(戦争を一切認めない)平和主義者ではない」という発言もあった。もちろん正戦論で許される戦争は最後の最後の手段であり、開戦においても、戦争継続においても厳しい条件が与えられている。しかしこれは、「たとえ国連が承認しても戦争は認めない」という日本司教団の声明やイタリア司教団事務局長の発言とはかなりニュアンスが異なっている。もし査察で大量破壊兵器が発見され、イラクがその破棄を拒否して国連が武力による制裁を容認していた場合には大きな問題となったであろう。

 

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