大切な出逢いというものはなく

二十九年間生きてきまして
私 思うに
大切な出逢いというものはなく
出逢いを大切にすれば
それが大切な出逢いになるだけだと思うのです
同じように
運命の出逢いというものもなく
あるのは出逢った運命だけであり
それを運命の出逢いに育てるのは
あなたや
私や
きみや
ぼく自身であると思うのです
だから
出逢いという名詞は
いつも私達の手のひらの中にあり
その出逢いに付く形容詞は
私達の握力にかかっているのだと思います
強過ぎず 弱過ぎず 包みこむように握りしめるのは
いつかやって来る別れのために
軽く手を振るためかもしれません
もう二度と逢うことがないとわかっていても
「じゃあ、またね」と別れることを
しあわせと呼ぶのかもしれません 
もう二度と逢うことがないとわかっていても
「じゃあ、またね」と手を振ることを
しあわせと呼ぶのかもしれません


   竹田魂

一年三六五日あったら
三六六日働く
それが父から授かった
竹田魂


   バックミラー付き自転車

母ちゃんの自転車には
取って付けたように
バックミラーが付いていた
母ちゃんはその鏡の中に
どれほどの姉ちゃんや兄ちゃん
危なっかしいぼくを
視界に納めていたことだろう
つまり母ちゃんは
後ろを見ながら
前を走っていたということになる
ぼくの母ちゃんは
後ろを見ながら
前を走っていたということになる
母ちゃんのバックミラー付き自転車
いまでは もうその鏡の中に
ぼくたちが映ることがないほど
ぼくたちは大きくなってしまったけれど
母ちゃんのバックミラー付き自転車
忘れることなどできない
母ちゃんのバックミラー付き自転車
幼き日からの道しるべ
母ちゃんのバックミラー付き自転車


  空の点字

「ウメちゃん、これは?」
「山」
「じゃあ、これは?」
「川」
「じゃあ、この文は?」
「タッくんは昨日、学校のトイレでうんこをした」
「えっ!?」
「嘘」
「や、やめろよぉ、ウメちゃん。冗談は。
でも、すげぇなぁウメちゃんは。なんでわかるんだ?」
「そりゃあ、わかるさ。小さい頃からずっとやってるんだもん」
「ふーん。眼が見えないのって、すげぇんだなぁ」

「はい、ウメちゃん。あとしゃぼん玉吹くだけだからね」
「うん、ありがとう」
「せーの、でやろうな。せーの、で」
「うん」
『せーの!ふぅーっ!!』
「・・・・」
「どうしたのタッくん?しゃぼん玉ちゃんと飛んでる?」
「なあ、ウメちゃん」
「なに?」
「あれ、なんて書いてあるんだ?」
「え!?」
「空に点字があるんだよ。空に点字ができてるんだよ」
「なんて書いてあるって・・・・あれはねぇ・・・・
そう『夢』って書いてあるよ」
「『夢』かぁ・・・・そうかぁ・・・・
なあ、ウメちゃん、俺たちずっと友だちでいような」
「うん」


   ぼけた遺影

「・・・・うん。だからなかったみたいよ」
「なかったって、ひとりのが?」
「そう、いつも明るくて元気な人だったから
まわりには必ず人の輪ができてたもの」
「じゃあ、あの写真は・・・・」
「園児達と遠足に行った時の集合写真なんだって」
「それを引き伸ばしたやつだから
少しぼけているのかぁ」
「そうみたい」
「それにしても、ひとりっきりの写真が
一枚もないなんて・・・・」
「すごい人だよねぇ」
「じゃあ、あれは、あの写真は
ぼけているけど最高の遺影なんだねぇ」


作品集