六月の線路

六月の早朝
見渡す限りの田んぼ
まだ植えられたばかりの苗は
整然と並んでおり
それは まるで緑色の線路

方向音痴のふたりだったから
線路の上を歩いて帰ったっけ
紫陽花を勝手にちぎっていた君
あれも六月
真夜中の鈍行歩行

町はずれに
廃線となった線路があった
電車ごっこはすぐやめた
綱渡り合戦はよくやった
どこまでこの線路がつづいているのか
誰も知らなかった

雨上がりの道路には
しばらくの間 車の走行跡
あれもまた しばしの線路
「人生」「旅」「時間」「青春」
「人の夢と書いて儚い」「死」
私はでたらめに言葉を思った
それは でたらめに
思いついた言葉ではあったが
全て同じ意味のような気がした

疳の虫だった十一ヶ月子も
落ち着きを取り戻し
向こうから田んぼの畦道を
轟音と共にやって来る
車高短(シャコタン) マフラー改造車を
静かな眼で追っていた
「ブーブーだよ」言おうとして
私はやめた
六月の早朝
緑色の線路を走って行く
そう あれは
「シュッシュ、ポッポー」



   シクラメン

平成の世。
大切なものは皆、道に落ちている。
それを不必要とした人達によって。
ぼくは下を向いて考えている。
それを拾おうか拾うまいか
まわりを気にしながら
ぼくは下を向いて考えている。
うつむいて咲くシクラメン。
うつむいて咲くシクラメン。
きょう、君の哀しみが
ほんの少しだけ
わかったような気がしたよ。



  ジャンプ

一歩前へジャンプするのに
四二.一九五キロメートルを助走するような
そんな生き方をしてきた
まわり道ばかりしてきた
勇気がなかった
世間体も気にした
恥かしさを捨て切れなかった
でも それが
ほんとに恥かしいことなのだと思った
だから ぼくはもう飛ぼうと思う
自分で自分の足を引っ張ることはもうしまい
空に迷路はないはずだ
さあ太陽が昇る方角へ
ぼくだけの落ち方を見せしめよう



   ハハハと歩く

空から見ると手のひらの形に見える
三好池の四km弱のジョギングコース
コロナの多分にもれずはじめたウォーキング
考えることは皆同じのその他大勢の中
その人はいつもいる
たぶん ずっとずっと前から

顔は知らない
私と同じ左まわりだから
ダラダラと歩く私にいつも追い抜かされていく
その人は遅い
歩くのがすごく遅い
ハハハと歩いているから遅い

おそらく脳卒中の後遺症だ
両足が不自由だ
スキーのストックを杖代わりにして
リハビリを追い越して夢へと
一歩一歩が右に寄り
左に寄り ゆっくりと歩いている
もう離さない両手のストックは
『ハ』の字を形取り
『ハ』は右に寄り『ハ』は左に寄り
ゆっくりハハハと歩いている

島原で籠城を強いられた教徒たちは
打ち込まれた銃弾を
傷ついた友の肉片からほじり出し
その鉛を溶かし
十字架をつくったという

だから あなたは歩いているのですか?
何かを背負って? 誰かに祈って?
どこに向かって? 誰かを気遣って?
そんな妄想の日々に終止符を打ったのは
歩いている時はあんなにもゆっくりなのに
転ぶ時 人は誰も同じ速度なんですね
転ぶというより溝に突っ込んでいったような・・・?

「だいじょうぶですか?」駆け寄った私が言う前に
「ヒャッヒャッヒャッ!兄ちゃんこれ見ろ!スッポンだ!
これ売れゃあ六千円ぐらいになるぞ!
でも俺は売らねぇ、首を撥ねて生き血を飲むのさ!
精力がつくぜー!ヒャッヒャッヒャッ!」

『ハハハ』じゃなくて『ヒャッヒャッヒャッ』だったか・・・
決して手放すことがなかった二本のストックは
いびつな十字架になりそのへんに転がっていた



   手

爪の中に土が喰い込んでいる
それは黒い三日月

指先には
いくら洗っても落ちない泥が
鮮明に指紋を
浮かび上がらせている
指紋はまるで
天気図の中の台風
十本の台風

第一関節が
太く強く折れ曲がり
変形している
ヘバーデン結節
それは 山

関節の節々は割れ
手のひらにも同じような
傷かと思ったら
それは手相だった
生命線がひときわ深い
傷跡に見えた


農夫たちの両手
大自然を内包する
彼らもまた芸術家



作品集