節 子

変な人だったなぁ
あたいの母ちゃんは
水商売の母子家庭だったからさ
物心ついた頃には
あたいが学校から帰って来ると
もう母ちゃんはいなかったんだ
そんな母ちゃんでも
ご飯だけは作ってくれていて
あたいはそれをレンジでチンして
食べるわけなんだけどさ
食べ終わった食器を洗って
片付けるのがあたいの仕事だったんだ
でも いつか過って茶碗を割っちゃってねぇ
子ども心に泣きながら破片を拾い集めて
ビニール袋に入れといたんだ
そしたら明け方に帰って来た母ちゃんは
それを見てあたいを叩き起こしてねぇ
「なんだ、あれは?」って
あたいが手が滑ったって言うと
「じゃあ、なんで元の形にしない」
って言うんだよぉ
「人間だって死んだ時は
死化粧というものをするんだ
この世からお別れをする時は
いちばんきれいな状態にしてあげるのが
死んだものへの礼儀だし
弔いでもあるんだ」って
で、あたいにアロンアルファ持たせて
もう捨てるだけの
茶碗の破片をくっつけさせてさぁ
小学校一年生の娘にだよ
指がくっつくっていうのよねぇ
変な人でしょ?
あたいの母ちゃん
でも あたいの母ちゃん
変な人だったけど
変人じゃあなかったなぁ
仕事行く前 晩ご飯だけを作って
その辺の塩とかフライパンとかまな板だとか
全部出しっぱなしだったけど
それを全部片付けるのも
やっぱりあたいの仕事だったけど
あたい包丁だけは
片付けた覚えがないもんなぁ


   根っこマニア

「根雪って言葉知ってる?」
「春まで残っている雪のことでしょ?」
「そう。いい言葉だと思わない?」
「出た」
「何が?」
「根っこマニア」
「なんだそれ?」
「あなたって本当に
根が付く言葉が好きよねぇ」
「そうかぁ?」
「根気、心根、根強い。
そのくせ根性は嫌いなのよねぇ。
おまけに根暗だし」
「根暗は関係ねぇだろ。
大体、根性だとか努力だとか
一生懸命に頑張りますだとか
そんなのは、やってあたりまえなんだよ」
「最近、そのあたりまえのことが
できなくなってきている人が多いのよ」
「根が腐ってんだよ。
根っこがなきゃ始まらねぇべ」
「何で生るのよ」
「根っこがなきゃ始まらねぇんだよ」
「そうねぇ。根雪がないと
雪も積もらないしねぇ」
「んだんだ。根雪ちゅうことは
雪にも根っこがあるんだべさ。
ちゅうことは雪が咲かす花もあるんだべさ。
おまえさ、雪が咲かす花が
どんな花だかわがるが?」
「雪が咲かす花?」
「んだんだ。雪が溶け、根雪が溶けて
連れて来る花だ。
それが『春』ちゅう花だ。
雪にも根っこがあるんだべさ。
根っこがなきゃ始まらねぇべ」
「んだ、んだ」


   生きてあるだけの人々

ただ呼吸(いき)をすることしかできなくて
食事も排泄も睡眠も
人の世話にならないと
生きてはいけない
生きてあるだけの人々は
しかし そうすることで
ホームヘルパーさんに職を与え
介護士さんたちに仕事を提供し
物を喉につまらせて
ドクターに診察させてあげている
生きてあるだけの人々は
実は何もできない偉人だったのです
だから ぼくは自分では
何もできないほど長生きしたい
看護士さんが困るほどうんちをして
主任さんがびっくりするほどの血を吐き
婦長さんが怒るほど
「はい。どうかしましたかー?」
「いまから帰るよ。ヂュッ!」
ナースコールを押して
帰るコールをしてみよう
ぼくは自分では
何もできないほど生きて
生きて 生きて ボケまくって
人の役に立ちたい 


   短いの反対

「お母さん、短いの反対ってなあに?」
「これ位は短いでしょう?
じゃあ、こぉーれ位はなんて言うの?」
「でかい」
「じゃなくて、こぉーれ位」
「大きい」
「でもなくて・・・・じゃあ大きい蛇は?」
「恐い」
「タコの足は?」
「八本」
「じゃなくて」
「でかい」
「・・・・・・・・」
まあ気長に待つしかないですね
お母さん


   大正生まれのトキさん

大正生まれのトキさんに
その出身地を訊くと
つぶれたと言いました
どういうことかと訊き返すと
ダムの底に沈んだと言いました

自分の故郷がなくなるというのも
寂しいもんだよねぇ
私の言葉が聞こえなかったのか
トキさんはしばらくの間
止まったままでした

わしらは四十年前
木曽から県を越えて
この地にやって来た
村はダムに沈み
村人たちは方々に散っていった
でもな わしらの水
いま使っとる水
そのダムから来とるんだわ
もと村があったところからの水を
わしらはいま使っとるんだわ

じゃあ、故郷は・・・・
そう、わしらの故郷は
わしらの体の内(なか)にある
わしらの故郷は
わしらの体の隅々にまで
生きとるんだわ

そして大正生まれのトキさんは
遊びに行くと言って
畑に出かけて行きました
その時使う水もやはり
故郷のものなんでしょう




作品集