主のいない半袖

両腕のない少女が
母親と一緒に歩いていました
白いTシャツに
主のいない半袖が
ひらひらと揺れておりました
擦れ違い様に聞こえてきた
「暑いねぇ、お母さん」
「ほんとだねぇ」
「空を飛べたらいいのになぁ」
「ユウキなら飛べるかもよぉ」
「そうかなぁ・・・・
そうかもねー。よぉーし!」
振り返ると
両腕のない少女は
坂を勢いよく下って行き
主のいない半袖は
忙しくはためいていました
その後 少女は
空を飛んだのかもしれません
あの時 
ぼくには
主のいない半袖が
小さな翼に見えました


   角の曲がったカブトムシ

角の曲がったカブトムシが
きょう死にました
そいつの角は
下に曲がっており
歩く時もエサを食べる時も
邪魔になるだけでなく
カブトムシにも
男前があるのかないのか
わかりませんが
角が顔を隠してしまい
さぞかし女の子には
モテなかったことでしょう
でも そんな角の曲がったカブトムシも
いじけることなく
死ぬまで生きました
挫けることなく
最後まで生き抜きました
仰向けに寝っ転がって
死んだカブトムシ
角は生まれて初めて
上を向きました


   止マレ

月に三度は交通事故のある
二丁目の交差点
それを憂えた
ペンキ屋のカンさんが
一肌脱いだところ
事故はパタッとなくなったという
ペンキ屋のカンさんは
勝手に白いペンキで
止マレ

止マル
にしたのでした


   両手いっぱいぶんのもの

手を合わせれば
物をつかめないし
拾えない
箸も持てなければ
ご飯も食べれない
合掌とは
とても不自由な手のかたち
だけど手を合わせれば
いままで手にしてきた
両手いっぱいぶんのものだけは
手放すことはない
もしかしたら
足ることを知るということが
しあわせへの身構えなのかもしれない


   花 束

生まれて初めて花束をもらった日
産まれたての赤ちゃんを
抱いた日のことを思い出していた
おっかなくて
どうしていいのかわからなくて
早く手放したかったけど
なかなかそういうわけにもいかず
ぼくはとても困っていた
生まれて初めて花束をもらった日
ぼくは赤ちゃんを抱くように
花束を抱えていた
そして とても小さな声で
赤ちゃんに言ったのと同じ言葉を
花束に向けて言ったのだ
「ありがとう」


作品集