徐昌防衛戦での負傷後、呂文忠の意識は戻ったものの、傷が癒える兆しはなかなか見えてこなかった。体力が平常時のそれに戻っていれば、あるいは快復の余地もあったのかもしれない。だが皮肉なことに、それは徐昌を救わんがために昼夜を問わず駆け続けた結果、体力の限界を超えた状態で受けた傷だったのだ。
呂文忠の病状は日に日に悪化の一途を辿り、遂に医師も治療を諦めざるを得なくなっていた。そんな折り、士恩と真恢の二人は、呂文忠によって呼び出された。呂文忠の許を先に訪れたのは、王真恢だった。
「王真恢、参上仕りました」
「よう参った。其方も忙しい身であるに、呼び立てて済まぬと思うておる」
呂文忠は畏まる真恢を手で制し、床から身を起こした。
「閣下、ご無理はなりませぬ。某如きに気遣いは無用にござります」
呂文忠の背に手をやって助け起こした真恢は、その身体から生気が失われていることを痛感せざるを得なかった。
「其方こそ、わしに気遣いは無用だ。わしは、もう長くはない」
呂文忠のその言葉からは、以前のような力強さを感じることができない。長くないという言葉が、やけに真実味を帯びて聞こえた。
「其方が先に姿を見せたは好都合。其方にだけ申しておきたきことがあったのだ」
「何なりと承ります」
「其方、士恩の将器を如何に見る」
「士恩の将器……にござりますか」
呂文忠は小さく頷いた。
「某の及ぶところではござりませぬ」
一切の躊躇を見せることなく答えた真恢の様子に、呂文忠は満足げな笑みを浮かべた。
「其方がそれを認めておるのであれば、それでよい。彼の者はわしなどより遙かに大局を見る目が備わっておる。今は一介の将にすぎぬが、地位を得て責任と自覚を持てば、必ずや大成しよう。だが、それは独りの力でなされるものではない。あの者には其方の力が必要だ。士恩の側に侍り、力になってやってくれ」
「肝に銘じておきます」
しばらくして、程士恩の訪問が告げられた。姿を見せ挨拶をする士恩を制し、呂文忠が口を開いた。
「よう参った。近う寄れ」
顔を上げた士恩は、一瞬言葉を失った。死相というものが如何なるものか、士恩は実際に見知っているわけではなかった。だがおそらく、今の呂文忠の面相こそが、まさにそう呼ぶものなのだろう。
「世を去る前に、其方に言い渡しておかねばならぬことがある……」
立ち尽くす士恩に向かって、呂文忠は静かに言った。
「弱気はなりませぬぞ。閣下が、斯様なところで命を落としてよいはずはありませぬ」
気休めにしかならない。それは十分理解していた。だが、士恩はそう言わずにはいられなかった。
「――人の生死は天が定めるもの。これも天命なれば、受け入れるより他あるまい」
「何を申されます、閣下。未だ閣下には、やらねばならぬことが山ほど残っております。蛮族どもを討ち果たすため、我ら陶の軍勢を率いてもらわねばなりませぬ。それが、閣下に託された使命ではありませぬか」
「既に、わしは役目を終えておる――」
呂文忠は、どこか悟ったような口調で答えた。
「人の天命とは、必ずしも志を遂げて終えるものではない。新たな世代へ、果たせぬ志を受け継いでいくこともまた、天命なのだ」
呂文忠は手元に置いてあった金の刺繍が施された巾着袋を手に取った。
「これを――」
言いながら、呂文忠はその小さな袋を士恩に手渡そうとしていた。中には、大都督の証たる官印が収められていた。
「元慈六年夏――。今にして思えば、鄂州の地にて其方ら二人とまみえたことこそ、天命だったのやもしれぬ。十数年の長きにわたって蛮族どもと幾たびも刃を交えて参った我が生涯も、其方ら二人を世に送り出すためにあったのだと思えば合点がいく。今、こうして其方ら二人が、ともに天下にその名を轟かせるに至ったとなれば、わしの命が尽きるのも理にかなっておろう」
呂文忠は、震える手で士恩の手を握った。生気の失せた、弱々しい手であった。だが、士恩の手を握るその指先からは、今の呂文忠からは想像もできないほどの強い意志が伝わってくる。
「士恩、これを其方に譲り渡す……」
鬼気迫るものがあった。受け取るべきではない、受け取る資格などはないと頭の中で考えながらも、逆らい難い雰囲気に圧されて、士恩は呂文忠から官印を受け取ってしまっていた。
「陛下には、既に上奏し申し上げてある。大都督の後任には、程士恩を据えるべきであると……」
「お待ちくださりませ、閣下。某のような未熟者が、斯様な大任を受けるべきではござりませぬ」
「わしが斯様に判断を下したのだ。其方は、わしの誤りであると申すのか」
「某には荷が重すぎます。韓将軍や李軍師など、某などよりも適任であらせられる方々は、それこそ五万と存在いたします」
「韓封は血気に逸りすぎる節があり、李光戚は大将を補佐してこそ才が活きる者。いずれも大将の器ではない」
「なれば、于将軍、潘将軍、そしてこの真恢もおり、征北軍の方々もおります。いずれも、某よりも遙かに優れた将にござります。彼らを差し置いて、どうして某が大都督などになれましょうか」
士恩は頑なに拒み続けていた。しかし呂文忠は、静かに頭を振り、視線を真恢へと向けた。
「某も、士恩をおいて他にはおらぬと存じます」
真恢がさも当然であるとばかりに断言した。
「真恢、戯れ言を申すな! 其方の悪い癖だ!」
「士恩よ、俺は戯れ言などを申した覚えはないぞ」
「左様、真恢は本心から申しておるのだ」
真恢の言葉を継ぐように、呂文忠が答えた。
士恩は、二人の言動に思わず唖然となった。
「……やはり、某が斯様な大任を受けるなど、到底想像も及びませぬ。閣下や真恢は、なにやらとんでもない思い違いをされているに相違ござらぬ。この某は、大都督が勤まる器ではござりませぬ!」
「忘れたわけではあるまい。此度の戦、其方こそが最大の功労者ではないか」
「閣下――。某など、真恢の鬼神の如き奮闘に比べれば、赤子同然にござります。此度は、真恢の獅子奮迅の働きあってこその勝利にござります。真恢がおらねば、我らはきっと犬死にしておりましたでござりましょう。最大の功労者と申されるならば、それは紛れもなく真恢にござります」
「其方も存外にものの分からぬ奴だ!」
焦れた真恢が苛立たしげな口調で割って入った。
「徐昌を目前にして行軍を止めた折り、其方が強行を進言したからこそ、敵に気取られる前に急襲できたのだ!」
「しかし、強行を進言したとて、誰一人立ち上がることもなかったではないか。皆が闘志を奮い立たせたは、真恢、其方が皆を鼓舞したからではないか。其方がおったからこそ、皆も奮起して、最後の力を振り絞ったのだ」
「真に話のわからぬ奴だな、其方は。だからこそ、其方の手柄だと申しておるではないか。俺はあの時、呂将軍の命に心底安堵しておったのだ。心身ともに限界を超え、あれ以上の強行軍は無理だと諦めておったのだ。あの時、お前が強行を口にせなんだら、俺は都の危機にもかかわらず、のうのうといびきをかいておったであろうよ。分かるか士恩。其方が言い出したからこそ、俺はあの時、自らを奮い立たせることができたのだ。其方がおらねば、俺はあの場で兵らを鼓舞しようなどと考えもしなかったであろう。これは、俺独りが斯様に思っているわけではないぞ。将兵らは皆、誰が此度の戦を勝利に導いたか、正しく理解しておるのだ」
呂文忠が真恢の言葉を肯定するように、笑みを浮かべ頷いて見せた。
「其方自身の意志などは関係ない。皆が、呂将軍の後任は其方にと望んでおるのだ。もはや、逃げ回ることのできぬぞ。いい加減、覚悟を決めよ!」
士恩は、拒絶する言葉を失った。
「陛下はまだお若いにもかかわらず、聡明であらせられる。其方を後任に据えることを二つ返事で承諾してくださった。今はまだ、其方自身は気付いておらぬのやもしれぬが、其方はそれだけの器を持っておるのだ。士恩よ、これが其方の天命と心得よ」
呂文忠は再び士恩の手を力強く握りしめた。
士恩は、もはや官印を呂文忠に返すことはできなくなっていた。
程士恩に大都督の任を譲った呂文忠は、役目を終えたとばかりに間もなく世を去った。その葬儀を終えた翌月には、程士恩が正式に大都督の任を拝命することとなった。都督府の主立った人事は、呂文忠が生前に上奏して骨子を固めていたことを受けて定められた。
すなわち、西北両軍を中核とし、副都督に征西軍の王真恢と征北軍の陸起(りく・き)の両名、枢密使兼参謀に征西軍の李光戚、以下都督府直属の将軍として征西軍の韓封、于竣、潘智臣ら、征北軍の周進(しゅう・しん)、孟士義(もう・しぎ)、郭充栄(かく・じゅうえい)らがそれぞれ名を連ねた。さらに、殿前軍の徐文達が、防衛戦での機転を呂文忠に評価されて抜擢されていた。
しかし、ここで思わぬ問題が発生した。李光戚が職を辞して出家したのである。
鄭州の防備を整えた李光戚は、徐昌へ帰還して鄂州陥落の詳細を天子に伝えると、その足で仲間たちの許へ赴いた。征西軍の諸将には、天子へ報告した内容の他に伝えねばならないことがあった。
李光戚は鄂州からの脱出に際し、住民の避難を最優先として自身の妻子も含め諸将の妻子らの避難は後回しにしていた。しかし、鄂州の住民は多く、また、賈軍の攻勢も激しさを増しており、既に脱出が完了していた住民の安全を確保するためには、一部の住民を城内に残して退避しなければならなかった。
残された住民の中には諸将らの妻子がいた。彼らは楊昭率いる残存兵に守られながら政庁まで退いたものの、楊昭らの必死の抵抗もむなしく、賈軍が放った炎に巻かれてその悉くが命を落としたのだった。
李光戚は、賈軍の動向を看破できずに多くの仲間とその妻子らを死に追いやった己の不才を大いに恥じ、僧となって残りの生涯を死んでいった者たちの供養に費やそう決心したのであった。
諸将らは皆、涙を流して妻子らの死を嘆き悲しみ、賈軍への怒りを顕わにし、去り行く李光戚を止めようとはしなかった。しかし、ただ独り程士恩だけが、涙を流すことなくその事実を受け止めていた。
妻を娶って三年、士恩は自身の生い立ちによる負い目から妻を避け続けた。娘の誕生は、そんな士恩の心を解きほぐし、家族との絆と安らぎを感じさせるものであった。それが、わずかひと月と経たずして終わりを告げた。それまで得ることができなかった家族との安息の時を実感する暇すらなく、妻と娘が埋めるはずであった心の隙間が、ただ空しく残されていた。
怒りもなく、悲しみすらもない。人生で初めての安らぎをもたらしてくれた妻に恩を返していくことも、娘の成長を見守っていくことも、全てが断たれたというのに、士恩の心は妻子の死に対して何も感じていなかったのだ。
頭では、怒り悲しむべきであることを理解してる。しかし、自身の妻子を失ってもなお、その感情を仲間と共有することができない。士恩は、己の冷血さに愕然としながら、慟哭する仲間たちに対して罪悪感を抱いていた。
――このまま何もしないわけにはいかない。
ともに涙を流すことができないのであれば、せめて行動で仲間の力になることを示すべきである。そう思い立った士恩は、俗世を捨てて隠棲する李光戚を訪ねた。
「我が陶軍は李先生の知謀を必要としており、このまま野に埋もれさせるわけには参らぬのです。是非とも還俗なさって、我らをお助けください」
「申し訳ござらぬが、程都督の頼みといえども、聞き入れるわけには参りませぬ。拙僧は自ら生き恥をさらし、天下のそしりを受けることで、救うことのできなかった者たちへの償いとしようと決意したのです。我が侭をお許しいただきたい」
「李先生は間違っておられます。鄂州陥落の罪を自ら背負い、生き恥をさらすというのであれば、俗世にまみれて生き続けるが道理にござります。世を捨てるなど、天下の評判を恐れて逃げ隠れしていることと何ら変わるものではありませぬ。才がありながらそれを用いぬは、死者の罪を償うどころか、新たに罪を重ねるだけでありましょう。真に償う気持ちがあるならば、命ある限りその才を天下万民のために役立て、死んでいった者たちの無念を晴らすべきです」
士恩は根気よく繰り返し説得を試みたが、李光戚は頑として首を縦には振らなかった。このままでは埒が明かぬと悟った士恩は、不意に腰の剣を外し、
「道理を説いてもそれが通じぬ相手とあらば、某とてもはや道理を守るつもりはござらぬ。たとえ先生が否と申されようと、某は縄で縛ってでもお連れいたす。それがお嫌とあらば、潔く自害なさるがよろしかろう!」
激しい口調で言い放って李光戚の鼻先に剣を突き付けた。李光戚はその剣幕に一瞬唖然とし、思わず笑い声を上げた。
「まるで王将軍や韓将軍に詰め寄られたようではありませぬか。程都督が斯様に激しい物言いをなされるとは、俗世を捨てた身でありながら不覚にも――」
李光戚はひとしきり笑って一息つくと、苦笑を浮かべながら呟いた。
「どうやら拙僧……いや、某は、未だ俗世に未練を残しているようです」
「では――」
「身命を賭して働く所存にござります」
程なくして復職を果たした李光戚は、出仕するや否や、早々に策を献じた。
「当面の敵は北の契闖、西の賈の二つにござります。西の鄭州は攻めるに難く守るに易き土地にて、今の我らは容易に手出しできませぬ。まずは、北方を平定することが肝要かと存じます」
李光戚は地図を指し示しながら続けた。
「契闖両国は、徐昌での敗戦以来、再び険悪な間柄に戻って一触即発の状況が続いています。両軍は陽原(ようげん)を中心に対峙し、互いに牽制し合って付け入る隙を必死で探っております。これは、冬が訪れることで北方が雪に閉ざされ、中原に残った部隊が本国へ帰還することができずに孤立することをおそれて、早期に勝敗を決しようと考えているからに相違ありませぬ。故に両軍の耳目は我が軍に向けられておらず、我らの動向が知られることはないと考えてよいでしょう。されど、我らから闇雲に仕掛けては、両国が再び手を結ぶおそれがあり、得策とはいえませぬ。そこで、両陣営に他方へ悟られぬように密使を送り、弁舌巧みに共闘を申し出て双方に我らを味方と思わせることで、両軍の油断を誘うのでござります。さすれば、たとえ我らが兵を起こそうとも、決して両軍が手を携えることはありませぬ。我らは堂々と両軍に姿を見せ、双方に援軍が来たと安心させた隙を突いて急襲してやれば、奴らを容易く討ち払うことができましょう」
「見事な計略にござる」
副都督陸起が称賛の声を上げた。しかし、その表情には、不満げな色が浮かんでいる。それは、他の征北軍の将らも同様であった。彼らの冷ややかな視線は、士恩に注がれている。程士恩なる輩は、天下に勇名轟く王真恢などと異なり、先の防衛戦で手柄を挙げるまでは一度もその名を耳にしたことがないような人物である。名将の呼び声高かった呂文忠に推されとはいえ、ただ一度の手柄で大都督の地位を得たとあっては、名門の出自に物を言わせたとしか考えられない。征北軍の面々には、何故そのような文官風情の青二才の風下に立たされなければならないのかという思いがあった。
陸起は征北軍の将らに目配せをすると、さらに続けた。
「見事ではあるが、仕損じれば全軍を危険に晒すおそれがある。斯様な大役を、果たしてどなたに任せるおつもりですかな」
李光戚が士恩を顧みた。士恩は小さく頷き、答えた。
「全軍の采配は陸副都督に一任しようと考えております」
意外な申し出に陸起は戸惑い、口ごもった。
「征北軍の方々は北の地理に明るく、勝手を知らぬ我ら征西の将が口出しをしては、無用の混乱を招くばかりでありましょう。陸副都督は思うがままに采配を振られて構いませぬ。我らはその指示に従います」
「真によろしいのですかな」
士恩が頷いて返すと、陸起は満更でもないといった様子で表情を明るくした。
征北軍の将にとって契闖両軍は、殺された仲間や妻子の仇である。陸起が采配を一任されることは、征北軍自ら仇討ちを行うことと同義であった。これで征北軍の面目は保たれることとなる。
「しかしながら、この一戦で両軍を全て北へ追いやるは至難の業。蛮族を領内へ長く留めおくわけには参らぬ故、もう一押しが必要であると存ずる」
士恩の提言に諸将は顔を見合わせ、一斉に士恩へと視線を向けた。士恩は諸将の目が集中したことにやや緊張しつつ、一同を見回して地図上で徐昌からゆっくり東へ指を動かし、海を指し示した。
「両軍は草原の民にて、我らの動きに注意を払っておらぬのであれば、海路からの進軍は察知できぬでしょう。されば、我らは軍を二手に分け、一手は海路にて陽原の北へと渡り、一手は陸路にて陽原へと進みます。陸路からの軍は手はず通り陽原において両軍を討ち払い、海路からの軍をその退路に伏せて追い討ちをかけ、殲滅するのです」
征北軍の将らは、士恩の意外な戦術眼に目を見張った。若輩ながら地位を鼻にかけずに道理をわきまえ、確かな見識を備えていることが伺える。征北軍の将らは、文官風情と侮っていた考えを改める必要があることを悟った。
「海路を用いるとは盲点でございました。この策なれば、たとえ蛮族を全て討てずとも、中原に留まることは適いますまい」
陸起らの心中を代弁するかのように李光戚が称賛した。その傍らでは、征西軍の将らも驚嘆の表情を浮かべている。彼らにしてみても、士恩が兵書をよく読み呂文忠の教えを受けていたことは知っていたが、戦術眼自体は未知数であったのだ。
防衛戦の一件以来、その統率力に一目置いていた彼らは、士恩の大都督としての適性に疑念を抱くことはなかった。大将に最も必要なのは個人的な軍才ではなく、将兵をまとめ上げる統率力であり、たとえ士恩の戦術眼が凡庸であったとしても、周囲の者たちが補えば事足りると考えていたからだ。しかし、どうやらそれは杞憂に終わりそうである。
「されば、陸路は陸副都督を大将として周進殿、韓封殿、孟士義殿、潘智臣殿、海路は郭充栄殿を大将として于竣殿、徐文達殿を配置し、全軍の采配は陸副都督に一任いたします」
「しばし待たれよ」
士恩が編成を伝えると、王真恢が憮然とした様子で口を挟んだ。
「我が名が挙がっておらぬようだが」
「王副都督は、先の戦で両軍の兵を殺しすぎたであろう。貴殿は気にもしておらぬだろうが、相当怨まれておろう。陣中に貴殿の姿があれば、たとえ密約がなったとしても、奴らは納得すまい。某が後詰めを務める故、王副都督には李軍師とともにその補佐をしていただこうと思う」
士恩の言葉に、王真恢は渋い表情で唸り、引き下がった。
「では、陸副都督にお任せいたします」
「しかと承った。都督殿の期待は決して裏切りませぬ」
陸起は姿勢を正し、力強く答えた。他の将軍らもそれに倣う。士恩はようやく安堵し、表情を和らげた。
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