韓封、王真恢、于竣、潘智臣、程士恩の五将が宮廷に参内した。天子より直々に恩賞が下賜されるのである。しかし、ここに呂文忠の姿はなかった。呂文忠は、先の戦で受けた傷が癒えず、意識こそ取り戻したものの、未だに床から起きあがることができない状態だったのだ。
恩賞は、呂文忠に銭百貫、五将にそれぞれ銭五十貫、他の兵らにそれぞれ銭二十貫が与えられることとなった。中級官僚の俸給がおよそ三百貫であるから、決して少ない額ではなかった。
「此度の働きは、いにしえの英雄にも勝っておる。されど、その忠義にこのような形でしか報いることができぬのは、真に心苦しい限りである」
その言葉に、韓封らはただただ恐縮するばかりであった。
趙定国は玉座を立って、一人ひとり手を取って直に労いの言葉をかけていく。そして、最後の士恩に対して、
「其方があの程家の縁者であることは伝え聞いておる。其方ら兄弟と話をしてみたいと思ってな。既にここへ呼んでおる」
と告げると、上機嫌で玉座へと戻っていった。
士恩は絶句した。あまりに唐突なことで、思考が一瞬停止する。
兄たちと顔を合わせなければならない。故郷へ足を踏み入れれば、いつかはその時が巡ってくることは覚悟していた。救援に向かう道中でも、時折それを意識することがあった。しかし、帰郷を果たして既に半月余り、士恩はずっとそれを避け続けていたのである。それが、天子の一声で突如実現しようとは、予想だにしていないことであった。
「程士恩よ、朕の前だからといって、そう堅くなるでないぞ」
趙定国が呆然と立ちつくす士恩の心中に気付かず、軽く笑い飛ばした。士恩がその声ではっと我に返ると、既に韓封らの姿はなく、退出する機を逸して取り残されてしまっていた。これでは、兄たちと顔を会わざるを得なくなる。
ほどなくして、程士奉ら三名の来訪が告げられた。その瞬間、士恩の全身が強張り、冷や汗があふれ出した。鼓動が自身の耳に届かんばかりに激しさを増した。
足音が近付いてくる。その度に息苦しさが増し、視界が歪んで意識が朦朧とする。背後にその気配を感じ、士恩の身体が小刻みに震え出した。
七年ぶりに味わう、苦々しい感覚がよみがえってくる。無論、それに懐かしさなどがあろうはずもない。この言葉にし難い不快な感覚は、士恩が兄たちより勉学の才に劣ることを自覚して以来、事あるごとに感じ続けていたものだ。常日頃より、周囲の者たちから時には言葉で、時には視線で、生き続けていることさえをも蔑むように、士恩が気付くようにあからさまな態度で接してくる環境に置かれていたため、いつしかその感覚がつきまとうようになっていたのだった。徐昌を離れて七年、程家とは無縁になったものと思い込み、記憶の奥深くに押し込んで忘れ去っていたにもかかわらず、三人の兄の存在を感じ取った途端、士恩の感性は七年前のそれに立ち戻ってしまったのである。
遙か彼方で声が響いていた。それが天子と三人の兄の会話であることを漠然と認識しながらも、言葉は士恩の意識まで届いていなかった。混濁した意識の中で、士恩は天子に対して礼を失してはならないというわずかに残った理性を辛うじて保ち、天子からかけられたであろう言葉に必死で答えていた。
どれほどの時が経過したのか、どのような言葉を発したのか、何もかもが定かではなかった。ただ、時折向けられる憎悪に満ちた視線だけが、脳裏に鮮明に刻み込まれていた。
「――下がってもよいぞ」
趙定国の満足げな声とともに遠ざかる複数の足音が士恩の耳に届いた。士恩の意識が次第に覚醒していく。
「如何した。まだ、先の戦の疲労が残っておるのか? そうと知らず、朕の我が侭に付き合わせて済まなかったな、許せよ。今は心身ともにゆっくり休み、次なる戦に備えてくれ」
ようやく解放された。そう思った瞬間、士恩は全身の力が抜けて膝から崩れ落ちそうになり、すんでの所でそれを堪えると、そそくさと一礼をして足早に退出していった。
宮廷を後にして緊張から解放された途端、士恩は激しい目眩に襲われた。おぼつかない足取りで壁に寄りかかり、座り込んだ。
兄弟四人が一堂に会して顔を合わせるのは、実に七年ぶりのことであった。その間、士恩は一切その消息を実家へ報せていない。家を飛び出した後ろめたさが多少はあったのだが、なにより、程家とは無縁の人間となるのだという意志が強く働いていたことが大きかった。兄らの姿はまともに見ることができなかったが、その雰囲気から以前と同等、あるいは、それ以上の悪感情を抱いていることを容易に窺い知ることができた。
士恩は乱れた呼吸を整え、立ち上がった。その時、背後から歩み寄る気配が感じられた。士恩の背中に、冷たく鋭い、刺すような視線が向けられている。士恩は、振り向かずともその視線の送り主たちの存在をひしひしと感じ取っていた。
再びあの忌まわしい感覚がわき上がってくる。整えたばかりの呼吸と動悸が激しくなり、酷い立ち眩みが襲ってきた。
「おい、士恩――」
三兄士淵の声だった。反射的に、士恩の肩がぴくりと大きく跳ね上がる。士恩は直ちに振り向こうとしたが、身体が硬直して言うことを聞かない。
「貴様、一体どの面下げて我らの前に姿を見せておる。一族の面汚しが、今頃になってのこのこと舞い戻って来おって――」
士淵がゆっくりと士恩に歩み寄り、その左肩を背後から強く掴んだ。途端に、士恩は身をすくめて、小刻みに震え始めた。
「貴様、まだ我ら程家一門のつもりでおったのか」
次兄士明が、士淵と左右両側から士恩を挟み込むようにして立った。士恩は、蛇に睨まれた蛙の如く、恐れおののいていた。
「貴様という人間には、ほとほと呆れ果てるわ」
士淵が怒りに打ち震えながら、士恩の肩を掴む手にさらに力を込めた。
「貴様など、もはや我らとは縁もゆかりもない馬の骨も同然だ。それを貴様は、ひとたび家を飛び出した分際で今更程家の名を騙るとは、厚顔無恥も甚だしい。恥を知れ!」
士淵は怒りにまかせて士恩を突き飛ばした。士恩はよろめき、ひざを地に付けた。そこへ、次兄士明が駆け寄り、士恩の胸ぐらを引っ掴んで激しく揺さぶった。
「分かっておるのか、貴様のような愚か者一人のために、我ら程家一門全ての人間が恥をかく羽目になったのだ! 程家の名門の看板に泥を塗った貴様が、生きて我らの前に姿を見せるなど許されぬぞ!」
士恩は、再び突き飛ばされた。士恩は、五、六歩も後ろへ退がり、背中が壁についてようやく止まることができた。
「斯様に情けない男が救国の英雄だと? 陛下は何故そのような思い違いをなさっておられるのか」
「大方、この恥知らずが、陛下をたぶらかしたのであろう。でなければ、斯様な下郎に拝謁が許されるわけがない」
二人の兄が口々に罵りながら、怒りを通り越した憎悪の目で士恩を睨み付けていた。
不意に、士恩の視界が、霞がかったようにぼやけ始めた。心の奥底から、得体の知れない恐怖が沸き上がってくる。全身から冷や汗が吹き出し、身体中の感覚が麻痺したような錯覚を覚え、呼吸することさえもままならない。滝のような勢いで血の気は失せ、まだ夏の気配を残す日和であるにもかかわらず、身体が凍えるような寒さで震えていた。
なにも見えない、なにも考えられない。ただ士恩に感じられることは、三人の兄から発せられる激しい憎念と、罵声の言葉が聞こえるだけであった。
長兄士奉が、士明と士淵の二人を押しのけるように、一歩前に進み出た。
「貴様は、一体どれだけ我らに恥をかかせれば気が済むというのだ!」
士奉が一喝した。士恩の身体が、反射的にその場に跪こうと動いた。幼少の頃より、ずっとこの兄に逆らうことができないと刷り込まれてきた結果である。だが意外にも、士恩はそれを、すんでのところで堪えていた。
「無断で家を飛び出して行方を眩ました挙げ句、貴様は、遂に母上の葬儀にさえ顔を出すことはなかった。我が程家の家訓を一切守らず、亡き父上や母上の期待にも悉く背き、先祖に対して何一つご恩を返そうとはせぬ。それほどの不義不孝を働きながら、貴様はまだ、程家の名を騙ろうというのか!」
「母上が――」
士恩はうわごとのように呟いた。
母が死んだ。既に思考力を失っている士恩でも、当然、その言葉の意味することが理解できた。だが、士恩は実の母の死を報されても、なんの感情も抱くことがなかった。
「そうだ。三年前、流行病で亡くなられたのだ。母上が、どれほど病で苦しんでおられたか、貴様に分かるか。母上が懸命に病と闘っておられたというに、薄情にも貴様という奴は……っ!」
士奉は、怒りで言葉を詰まらせていた。その言葉を聞いてもなお、士恩は母の死に悲しみも、哀れみさえも感じることはなかった。
母は、自分に対して何をしたのか。名門程家の子弟としてのあるべき姿しか、認めようとしなかっただけではないか。弓術に長けていようとも、学に才なく、朝廷の高官を輩出してきた先祖たちと同じ道をたどっていなければ、何一つ受け入れようとせずになぶり続けただけではなかったか。
不意に、士恩の中から何かが急速にしぼんでいくのが感じられた。視界が、感覚が、普段のそれへと徐々に戻っていく。
母とは如何なる存在なのか。誰にとっても最も近しい存在なのではないのか。世に二つとない深い絆が存在するはずではないか。
だが、その実はどうだ。自分の意に沿わないというだけで、どれほどひどい仕打ちを繰り返していたか。それに絆と呼ぶに相応しいものがあっただろうか。それは、母親であるが故に、士恩を己の所有物とみなしていただけではなかったか。
血の繋がりとは、絆とは、そのように一方的な関係を指すものであろうはずがない。自らが人の親となったことで、士恩はそう確信していた。そして、人と人との結び付きが、そのように軽薄で単純なものではないことも、程家を飛び出してからの七年の間に学んでいた。
士恩の周りには、様々な個性を持った人々がいた。誰もが様々な考え方を持ち、様々な人生を歩んできたのだ。誰一人として全く同じ道を進んできたという者はいない。だがそれでも、彼らは一所に集まり、心を一つにまとめて戦い続けてきたではないか。お互いがお互いを認め合い、受け入れ、そして信頼し合っていたのだ。だからこそ、幾多もの苦難を皆で乗り切ることができたのではないか。
彼らとは皆、赤の他人同士でしかない。多少の縁こそあれど、最も強い絆となり得る血の繋がりなどはない。それでも征西軍は、血縁をも超えた固い絆で結ばれていた。意見の食い違いや反撥があろうとも、その程度のことなどまるで歯牙にもかけない結束が存在していたのだ。だが母とは、目の前の兄たちとは、それほどの結び付きを感じることがなかったのである。
何かか吹っ切れたかのように、士恩の心がふっと軽くなった。
「母上の死を聞いても、貴様はなんとも思わぬのか!」
次兄士明が、目の色を変えて怒鳴り散らした。士恩の表情には、まるで反省の色が見て取れなかったのだ。むしろ、責め立てられていることなど、まるで意にも介さないというようにふてぶてしくさえ見えるほどであった。
士恩は、次第に自分が冷静さを取り戻していくのを自覚し始めていた。三人の兄が、怒りをあらわにすればするほど、士恩の心が不思議と鎮まっていくのである。
「貴様のような奴と血が繋がっているなどと、考えただけでも虫酸が走る!」
「程家の面汚しめ! 貴様が母上の代わりに死ねばよかったのだ!」
「程家の一門衆面して、つけ上がるでないわ!」
兄たちの罵声が繰り返された。かつて、程家の人間として徐昌で生活を続けていた頃と同様の、士恩の存在そのものを否定する言葉の数々だった。
(――あの頃と、何一つ変わっておられぬのだな)
浴びせかけてくる言葉も、向けてくる感情も、何から何までもが七年前と変わっていなかった。
名門程家の子弟として生まれ、名門の名を辱めないように生きることこそが正義であり、そして全てであった。そこから少しでも足を踏み外そうものなら、程家一門の中ではもはや人間として認められることすらない。生きる価値さえもないと決め付けられるのである。
程家を離れて七年が経ち、こうして再会した今でも、三人の兄は相変わらず、過去と同じように士恩を罵り続けていた。
何も変わっていなかった。何も変えようとはしていなかった。
七年――。士恩が程家という世界を離れ、そこで程家とは異なる人生を送ってきたということを、三人の兄は知ろうとも、そして受け入れようともしていないのだ。今もなお、かつて程家という狭い世界の中でくすぶり続けていた落伍者として、士恩を見続けていたのである。
唐突に、士恩は三人の兄の姿が小さくなったように感じた。
程家の子弟として生き続けた二十数年の間は、優秀な成績で科挙に及第する三人の兄たちが、とてつもなく大きな存在に思えて仕方がなかった。そして士恩は、兄たちのように科挙に及第できない自分を、心底情けないと思って恥じていたのだ。
程家の子弟だった頃は、その狭い程家だけが世界の全てであった。だが士恩は、程家という世界を抜け出したことで、その狭さを知るに至った。程家の外には、驚くほどに広大な世界が存在している。程家の中では生きる価値すら認められない士恩でさえも、受け入れられるような世界が存在しているのだ。その世界の広さを知った士恩にとっては、程家という狭い枠組みだけにいつまでもこだわり続けている兄たちが、どこか悲しく思えてしまうほど、小さな存在に見えたのだった。
士恩は、無意識のうちに笑みを浮かべていた。兄たちの言葉は、すべて七年前の士恩に向けられたものにすぎない。今目の前に立つ弟の存在に見向きもしない者の言葉などでは、もはや士恩の心は揺らぎようがないのだ。
「何がおかしい、士恩!」
三人の兄の中で、最も士恩を敵視している士淵が怒鳴った。士恩は、その声で初めて、己が笑っていたのだということに気付いた。
「陛下より恩賞を賜ったからといって、それを鼻にかけて思い上がるでないぞ。どこでどう間違ったかは知らぬが、そもそも貴様如き能無しが英雄などになれるはずがなかろう。卑しい貴様のことだ。どうせ得意顔で我が程家の名を騙り、他人の手柄をかすめ取っただけであろう。貴様程度の小人が大事を為すなど、たとえ天地がひっくり返ろうとも決してあり得ぬわ! 身の程をわきまえよ!」
士恩は、激しく罵る士淵に冷めた眼差しを向けていた。わめき散らす兄たちの姿が、ただ虚勢を張っているだけのようにしか見えなくなっていた。彼らの中では、士恩はいつまでの落伍者のままでなければならず、全てを否定し続けなければならないのだ。それに気付いた時、未だに言葉で抑え付けることができると思い込んでいる兄の姿が、あまりにも滑稽に感じられて仕方なかった。
「見苦しく喚くのは、おやめなさい」
士恩が、澄ましたような冷たい声で返した。士恩が彼らに対して一度たりとも見せたことのない落ち着き払った態度に、士淵は一瞬、気圧されたように言葉を詰まらせた。だが、士恩如きが生意気にも反抗の素振りを見せたのが気に障ったのであろう。たちまち士淵は頭に血を上らせ、顔を真っ赤にしながらその表情をひきつらせた。
「士恩、貴様……、この兄を愚弄するつもりか!」
「聞くところによれば――」
激昂する士淵の言葉を、士恩は淡々とした口振りで遮った。
「某が徐昌の救援に駆け付けた折り、お三方は家財を荷駄に積み込んで、この徐昌よりいずこかへ逃れようとしていたそうではござりませぬか」
士恩の言葉に、三人の表情が一瞬にして凍りついた。噂は、兄たちを避けるためにその周囲に気を配っていた中で耳にしたものだ。
「某に手柄をかすめ取ったというならば、肝心の兄上たちは、一体何をなさっておいでか!」
士恩が一喝した。その迫力に圧され、三人は数歩、後ずさりをする。
「他人を非難する前に、まずは己を改めることこそが先決にはござりませぬか。優秀な兄上たちが、斯様に当たり前の道理を理解しておらぬとは思えませぬが――」
士恩は肩をすくめながら、皮肉をたっぷり込めて言った。
「貴様、弟の分際で何様のつもりだ!」
士淵の双眸が、激しい怒りに燃えていた。
「今まで弟と思って手加減しておれば、図に乗りおって――」
士淵が士恩に掴みかかり、拳を振り上げた。が、次の瞬間、士恩は素早く体勢を入れ替えて胸ぐらに伸びた士淵の左腕を後ろ手にひねり上げた。
「おやめくだされ、三兄。斯様に野蛮なまねをなさっては、名門の名が泣きますぞ」
「ほざいたな、士恩!」
士淵は力任せに振りほどこうとしたが、士恩が軽く力を加えただけで左肩に激痛が走り、悲鳴を上げた。
「三兄、これで気が済みましたでしょう。まだ続けるというのであれば、某も手加減はいたしませぬ。今の三兄に、その覚悟がありましょうや」
「許さぬぞ、士恩。殺してやる!」
士淵が再び怒声を上げて暴れ出した。と、その喉元へ士恩の腕が絡み付く。士淵の口からくぐもった声が聞こえ、もがき始めた。
「よせ、士恩!」
士奉が狼狽した様子で制止の声を上げた。目の前にいるのは、従順で兄に決して逆らおうとしなかった末弟ではなかった。兄に歯向かうどころか、今まさにその命を奪おうとさえしているのだ。
「宮中でこれ以上騒ぎを起こせばどうなるか、其方にもわかるであろう!」
士恩が士淵の首に巻き付けていた腕を緩めた。そして、二人の兄へ向かって士淵を突き飛ばす。兄らに受け止められた士淵は、激しくせき込みながらへたり込んだ。
「もうよい、士恩。今すぐここを去れ。其方はもはや勘当の身だ。我が程家とは一切関係ない。我らとは二度と関わりを持とうなどと考えるな!」
士奉は士淵を介抱しながら一気にまくし立てた。士恩は、失望とも哀れみともとれる眼差しで、士奉ら兄たちのその姿を見つめた。
「まだ斯様なことを……情けのうござります」
士恩は溜息混じりに呟き、三人の兄に背を向けた。そして、ゆっくり歩き出すと、決して振り返ることはなかった。これが、血を分けた兄弟との、陶朝名門貴族程家との決別の時であると、士恩は自らに言い聞かせていた。
立ち去る士恩のその先には真恢の姿があった。
「見ておったのか」
ばつが悪そうに士恩が問うと、真恢はおどけた様子で肩をすくめた。
「俺は何も見ておらぬし、何も聞いておらぬ」
そして、何事もなかったかのように、真恢は先に歩き出した。士恩は頭を掻きながら照れた笑みを浮かべ、その後を追いかけた。視線の先には、七年の歳月をともに命懸けで生き抜いてきた掛け替えのない戦友の姿がある。士恩は、血縁だけでは決して得られることのない固い絆を、確かに手に入れていた。
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